早いもので、今年ももう12月半ばとなりました。繁華街やご家庭にもクリスマスツリーが飾られ、子供たちや恋人に何をプレゼントしようかと悩む時期ではないでしょうか。そんなクリスマスの音楽といえば、真っ先に浮かぶのは「ジングルベル」と「きよしこの夜」でしょう。特に「ジングルベル」は鈴が派手に鳴り響く楽しい曲なので、クリスマスコンサートの定番曲です。
しかし、この「ジングルベル」は、クリスマスソングにもかかわらず、誕生日を迎えたイエス・キリストのみならず、クリスマスや聖夜の一言も歌詞にはありません。トナカイに引かれた馬車に乗り、鈴を鳴らしながら子供たちがいる家にやってくるサンタクロースを、なんとなくイメージしながら、なんとなくクリスマスソングとして受け入れてきた曲なのです。
アメリカのクリスマスの音楽といえば、必ずと言っていいほど鈴の音が鳴り響きますが、この「ジングルベル」が、そのルーツのひとつかもしれません。今もなお、クリスマスに盛んに流れる、マライア・キャリーのクリスマスソング『All I Want For Christmas Is You(恋人たちのクリスマス)』 は、英語の歌詞の意味がわからなくても、サビの部分で鳴らされる鈴の音でクリスマスソングなのだとわかります。
余談ですが、この鈴の本来の役割は、馬に引かせたそりが接近しているのを、歩行者に知らせるためでした。特に、大雨や吹雪の中を歩行者が歩いていると、背後からそりが滑ってくる音など聞こえないので、事故も多かったのでしょう。そこで、馬に鈴を付けて接近を伝えていたのです。ちなみに、この馬鈴は、昔は北海道の馬ぞりでも使われていました。クリスマスは(北半球では)冬ですから、サンタクロースもソリを引くトナカイに鈴を付けてやってきます。サンタクロースも歩行者をひきたくはないでしょう。
ところで、「ジングルベル」の英語の歌詞の本当の内容は、お目当ての彼女を横に乗せて、デートを楽しむ話です。まだ馬ぞりの扱いに不慣れな若者が、彼女を乗せているにもかかわらず土手に乗り上げてしまい、そりをひっくり返してしまうだけでなく、ちょうどそりで通りかかった大人の男性に笑われてしまいます。若者にとっては絶体絶命の状況ですが、その後なんとか再び憧れの彼女をそりに乗せて、上機嫌で「ジングルベル」を歌いながら、友人とそり競争をするといった内容です。サンタクロースもイエス・キリストも関係ありません。しかも、鈴はトナカイではなく馬につけられています。
アメリカがつくりだした「サンタクロース」のイメージ
そう考えてみると、アメリカのクリスマスソングの定番である「ホワイトクリスマス」も、子供の時に経験した雪が降ったクリスマスの日を懐かしんでいるだけですし、ルロイ・アンダーソンが作曲したオーケストラ曲の「そり滑り」も、もともとはクリスマスとはまったく関係ありません。宗教色もなく、曲のなかでずっと演奏されている鈴のおかげで、クリスマスコンサートの定番曲になったのだと思います。
しかし、アメリカの複雑な宗教感覚を考えると無難かもしれません。アメリカは、厳格なプロテスタント教徒がヨーロッパから渡ってきてできた国なので、今もなお、キリスト教の影響が家庭の中にまで浸透しています。僕もアメリカに在住していた頃に、典型的なアメリカ人家庭で夕食を頂く際には、相手の家族全員と手をつないで神に祈ることがよくありました。
サンタクロースのモデルは、4世紀に東ローマ帝国で活動した聖ニコラウスといわれています。しかし、プロテスタント教徒は聖人を認めておらず、聖母マリアさえも単に“キリストの母”とみなしているので、サンタクロースといえども、ただの歴史上の高僧でしかありません。
しかも、現在のアメリカでは、キリスト教徒だけでなくイスラム教徒、ユダヤ教徒、仏教徒、ヒンズー教徒などの他宗教を尊重することを大切に考えられており、クリスマスカードにも「メリークリスマス」とは書かず、単に「シーズンズグリーティングス(季節のご挨拶)」と書いて宗教色を薄めるのが無難とされています。そのようななかにあっては、宗教性の薄いクリスマスソングのほうが好ましいのかもしれません。
「やすお、サンタクロースはアメリカでつくられたキャラクターだよ」と、ヨーロッパで初めて教えてくれたのは、フィンランドの友人です。実は、多くの日本人が考えている、“白ひげを堂々と生やした、かっぷくの良い老人が赤い服を着ている”サンタクロースのイメージは、米コカ・コーラ・カンパニーが販売促進のために、1931年のクリスマスに際して考え出した広告キャラクターだそうです。ちなみに、イギリスではサンタクロースではなく、「ファーザークリスマス(クリスマスの父)」と呼ばれています。
アメリカとヨーロッパで異なるクリスマス
「ジングルベル」の曲で“ジングルベル、ジングルベル“と歌う部分は、同じ音が単純なリズムに乗せられて、鈴を連想させることに成功しています。鈴には音程がないので、見事なアイデアです。アメリカの牧師が、1857年にボストンの自分の教会で行われる感謝祭、つまり11月の収穫祭で歌うために作曲しました。ますますクリスマスが遠のきますが、最初に付けられた題名も「一頭立てのソリ」です。
一方、ヨーロッパ有数のカトリック国であるオーストリアで作曲された「きよしこの夜」は宗教的な曲で、もちろんクリスマスのために作曲されました。
「静かな真夜中 貧しい厩で 神のひとり子は 御母の胸に 眠り給う 安らかに」(カトリック聖歌)
この歌詞は、まさしく神の子イエスの誕生を歌っています。カトリックでは聖母マリアはもちろん、聖人たちも認めていますし、サンタクロースの鈴の音など必要なく、純粋にキリストの誕生を称えます。1818年、オーストリアの田舎の教会の神父によって作曲され、幼子キリストのゆりかごをマリアが揺り動かしているような情景を、見事に音楽で表現した名曲です。
「ジングルベル」を作曲したアメリカの牧師も、「きよしこの夜」をつくったオーストリアの神父も、まさかこれほどまで有名な曲になるとは、当時は想像もつかなかったと思いますが、アメリカとヨーロッパにおける宗教観の違いと、クリスマスのイメージの違いをはっきりと教えてくれる代表的な2曲です。アメリカのクリスマスは楽しく祝い、ヨーロッパのクリスマスは静かに祈る日となります。
最後に、公式サンタクロースがいるフィンランドでは、サンタクロースは夜中にそりに乗って煙突から入ってくるような面倒なことはしません。クリスマスパーティもたけなわの頃、玄関からノックの音がして、子供たちが大喜びでドアを開けるとサンタクロースが立っていて、プレゼントを手渡して帰っていきます。なかには、その後、「ママがサンタにキスをした」のを見てしまう子供もいるかもしれません。
(文=篠崎靖男/指揮者)