「手の打ちようがない」――。
日本水泳連盟幹部によるこの言葉に衝撃を受けたのは、日本競泳陣だけではない。東京五輪を戦うほかの競技団体の役員たちも恐怖を覚えたのではないだろうか。日本の競泳陣を牽引してきた池江璃花子も、きっと心を痛めていたことだろう。
東京辰巳国際水泳場・日本選手権に、東京五輪のメダル候補の姿はなかった(4月8日閉幕)。2016年リオデジャネイロ五輪の競泳男子200m個人メドレーで4位入賞した藤森太将選手が、ドーピング検査に引っかかったのだ。同大会は東京五輪出場の選考レースでもあった。正式な処分は今後開かれる国際水連(FINA)による聞き取り調査後に決まるが、藤森と日本水連は“争う姿勢”を見せている。今回のドーピング検査は、他競技団体にも影響を及ぼしそうだ。
「昨年12月、中国・杭州で開催された世界選手権に出場した際のドーピング検査で引っかかったんです。その後、再検査もされたんですが、藤森の体から禁止物質の『メチルエフェドリン』が検出された事実は変わりませんでした」(体育協会詰め記者)
藤森たちが争うのは、検査結果についてではない。そうではなく、「意図的に摂取したのではない」という主張をするのだ。「メチルエフェドリン」には興奮作用があるとされている。
「メチルエフェドリンは、市販の風邪薬にも含まれていることの多い物質です。藤森と水連は『つい、うっかり』で服用してしまったのではないかとしており、悪意がなかった旨を訴えていくつもりです」(前出・同)
“屈辱的”なドーピング検査
ドーピング検査について、少し説明しておきたい。1960年ローマ五輪で、興奮剤を投与した自転車競技選手の死亡事故が発生した。それを受け、1968年のグルノーブル冬季五輪、同年・メキシコ夏季五輪から正式に禁止薬物を使用していないかどうかの検査が実施されるようになった。当時は麻薬や覚醒剤さえ使用されていたような時代だが、その後、筋肉増強剤のステロイドなど従来の検査では見つけにくい薬物も広まった。国際オリンピック委員会と世界アンチ・ドーピング機構(以下、WADA)は検査方法を改め、より厳しいペナルティも科すなどして禁止薬物の撲滅に努めてきた。
WADAが薬物の使用を絶対に許さないのは、フェアプレー精神と人体に及ぼす悪影響を防ぐためだ。
「検査を抜き打ちで行うなどしてきましたが、禁止薬物の使用者はゼロにはなっていません。2016年のリオ五輪直前、ロシアによる組織的な使用の隠蔽疑惑が出て、WADAはさらに厳しい検査をするようになりました」(前出・同)
ドーピング検査とは、具体的には尿と血液の検査である。競技本番を終えた選手は必ず調べられる。尿摂取は検査員が見ている前でやらなければならず、女子選手も例外ではない。検査員は、「摂取容器にちゃんと自分の尿を入れているのかどうか、覗き込むようにして見ている」という。当然、屈辱的な思いを抱える選手や怒りに震える選手もいるが、これがロシアの組織的な隠蔽疑惑以降、さらに厳しくなったそうだ。
先の藤森を始め、日本の五輪選手団は当然、禁止薬物撲滅、フェアプレー精神には賛同しているわけだが、「ちょっとやりすぎでは?」の声もないわけではない。
「リオ五輪400mリレーのメンバーだった古賀淳也も、2018年3月の検査で『クロ』と認定されました(同年5月に通達)。古賀も意図的に服用した覚えはないと強く反論しましたが、出場停止4年の処分は変わりませんでした。仮に間違って禁止薬物成分を摂取してしまったことが証明できていたとしても、出場停止の期間が2年に縮まるだけ。無意識で服用してしまったことを証明するのは、相当にハードルが高いようですね」(テレビ局スポーツ部員)