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澤田晃宏/外国人まかせ(番外編)

【対談】山脇康嗣×吉水慈豊「特定技能」の“バックレ”を生む危うい制度

文=澤田晃宏(さわだ・あきひろ)
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 「奴隷労働」ともいわれる外国人労働者。だが、私たちはやりたくない仕事を外国人に押し付けているだけで、もはや日本経済にその労働力は欠かせない――。気鋭のジャーナリスト・澤田晃宏氏は、「サイゾー」誌上のルポ連載「外国人まかせ」でそんな“人手不足”時代のいびつな“多文化共生”社会を描き出してきたが、同連載の番外編として外国人労働者の問題に詳しい専門家たちを招いて語り合った。(サイゾー2022年3月号より転載)

 バブル崩壊から、失われた10年が20年、30年と続く日本。実質賃金は上がらず、2015年には韓国に逆転された。賃金格差があるから、東南アジアの若者たちが日本を目指すわけで、日本人の賃金が上がらなければ、彼らも他国を目指すだろう。少子高齢化による人手不足は、なにも日本だけの問題ではない。

 本連載では日本人がやりたがらず、低賃金な仕事を「外国人」まかせにする人手不足の不都合な真実を綴ってきた。悪質な受け入れ事業者を退場させ、日本に来てよかったと思う外国人をどれだけ増やせるか。番外編として、よりよい外国人の受け入れに関する議論を深めたい。

 奇しくも22年度は、技能実習制度と19年に新設された特定技能の両制度が、法律施行時の附則により見直しを迎える。出入国関連法制に詳しい山脇康嗣弁護士と、ベトナム人の保護・生活支援活動を行うNPO法人「日越ともいき支援会」の吉水慈豊代表を招き、議論した。

山脇康嗣
山脇康嗣(やまわき・こうじ)
弁護士。慶應義塾大学法学部法律学科卒業、慶應義塾大学大学院法務研究科修了。現在、慶應義塾大学大学院法務研究科非常勤講師(入管法)、第二東京弁護士会国際委員会副委員長。外国人に関係する企業及び入管業務・技能実習業務を手がける行政書士・弁護士の顧問並びに監理団体の外部監査人を多数務める。主著に『〔新版〕詳説 入管法の実務』(新日本法規)、『入管法判例分析』『技能実習法の実務』『特定技能制度の実務』(日本加除出版)。(写真/増永彩子)
吉水慈豊
吉水慈豊(よしみず・じほう)
1969年、埼玉県出身。NPO法人日越ともいき支援会代表。浄土宗僧侶。大正大学卒業後、96年に浄土宗の伝宗伝戒道場を成満し、僧侶となる。2013年、ベトナム戦争をきっかけにベトナム人支援を始めた父が住職を務めた浄土宗寺院で、自身も支援活動を始める。技能実習生などの在日ベトナム人の増加とともに、支援活動を本格化。20年にNPO法人日越ともいき支援会を設立し、代表に就任。(写真/増永彩子)

責任の所在があいまいな特定技能の危険性とは


――コロナ禍で入国制限がかかる中、技能実習生(以下、実習生)が特定14分野での現業労働者(管理職、事務職、研究職以外の職種を指す)を受け入れる在留資格「特定技能」に移行するケースが増えています。特定技能の在留資格を得るためには業種別の特定技能評価試験とN4レベルの日本語試験に合格する必要がありますが、実習生にはいくつかの要件はあるものの、無試験で最長5年の特定技能に移行できます。実習生とは違い、特定技能では転職が認められていますが、現状はいかがでしょうか。

吉水 例えば、新潟県の食品加工会社の元実習生で、昨年、同業種の別会社に転職し、特定技能に移行したベトナム人女性がいます。同時期に入国した実習生12人中、帰国者が6人、残る6人は特定技能に移行して、新潟から都市部の会社に転職したといいます。彼らの目的は出稼ぎで、限られた期間しか在留できないのだから、より稼げる場所に行きたいと考えるのは当然です。転職可能な特定技能を拡大すれば、日本人同様、外国人労働者も東京一極集中になり、地方の人手不足が加速することは目に見えています。

――それを仲介する有料職業紹介会社やブローカーも多い。実習生は出入国在留管理庁と厚生労働省が所管する外国人技能実習機構が許可を出した監理団体を通じた受け入れしかできませんが(一部の企業単独型は除く)、特定技能は営利企業である有料職業紹介会社による斡旋が認められ、企業が一定の条件をクリアすれば直接採用することも可能です。

山脇 まず、問題として指摘したいのは、企業が直接、特定技能外国人を受け入れられる要件が緩すぎます。特定技能外国人を受け入れるには、住居確保や生活に必要な携帯電話などの契約に係る支援を含む職業生活・日常生活・社会生活上の支援に関する計画(以下、支援計画)を作成し、入管当局に提出したその計画通りに支援を行う必要があります。

 省令では、過去2年間で就労資格を持つ外国人を受け入れたことがある、または過去2年間で就労資格を持つ外国人の生活相談業務に従事した経験がある者を支援責任者と支援担当者に置くなどすれば、支援計画を自社で実施できます。

 ただ、支援責任者と支援担当者の兼任は可能で、非常勤でもよいとされています。受け入れ実績の数に基準はなく、ワーキングホリデーの外国人を受け入れた程度の実績でも、自社で受け入れられるようになっています。

吉水 支援計画は「登録支援機関」にその実施を委託できることになっていますが、登録支援機関に支援計画の実施を委託すると、受け入れ企業はその分余計なコストがかかるため、自社で直接受け入れているケースが目立ちます。

 転職を斡旋する有料職業紹介会社が登録支援機関になっているケースは多いですが、1人当たり30万円から50万円の紹介料だけを取り、支援はやらないケースが多い。受け入れ企業に支援能力がなければ、誰が彼らの責任を持つのか。労働者保護の観点からいえば、技能実習制度のほうが優れた制度といえます。

山脇 確かに技能実習制度では、監理団体が実習生の入国から帰国まで必要な支援を講じることが技能実習法で規定されています。監理団体のサポートが困難な場合でも、外国人技能実習機構がフォローする建て付けになっています。

 一方、特定技能における支援は内容もあいまいな上に、あくまで雇用契約期間中の話。雇用契約がなくなると、誰の保護下にも置かれなくなります。

吉水 特定技能外国人に求められる「N4」の日本語レベルというのは、簡単な挨拶ができる程度です。何を聞かれても「はい」「わかりました」程度しか答えられません。不当解雇などに遭った場合、彼らが労働基準監督署に自ら相談できるでしょうか。転職活動中の資格外活動としてのアルバイトも認められず、誰が彼らの責任を持つのかという紐付けがあいまいな特定技能は危険すぎます。最長5年間在留できる在留資格ですが、一度に許可される在留期間は最長1年で、6カ月、4カ月の場合もあります。入管法上、雇用期間に特段の定めはなく、気に入らなければ在留期間の更新に協力せず、極論、クビにしてしまえばいいのです。

筆者が連載で出会った全国各地の外国人技能実習生や留学生たち。(写真/筆者)
筆者が連載で出会った全国各地の外国人技能実習生や留学生たち。(写真/筆者)
筆者が連載で出会った全国各地の外国人技能実習生や留学生たち。(写真/筆者)
(写真/筆者)

 

書類審査だけで終わる技能実習計画の認定


―― 一方の実習生は、外国人技能実習機構から認定を受けた実習計画通りに受け入れ企業が雇用を継続し、実習計画が計画通りに実施されているか、実習を監理する監理団体の存在もあります。

吉水 実習生がいなくなればそれは「失踪」になるのですが、特定技能の子がいなくなるのは日本人と同じで「バックレ」扱いです。半ばクビになった場合でも、その後の転職まで責任を持つ登録支援機関が間に入っていればいいのですが、支援能力のない無責任な会社の直雇用だと、取り付く島もありません。

山脇 登録支援機関は現状、書面審査だけの届出制に近く、支援能力のない事業者が多数参入しています。支援計画の内容もあいまいです。受け入れ先の都合で解雇する場合などに転職支援をする必要がありますが、その内容は推薦状の作成や職業紹介会社の案内などで足りるとされ、支援内容としては弱すぎます。

 私は登録支援機関も監理団体のように許可制にし、その許可要件に有料職業紹介事業許可を取っていることを入れるべきだと考えます。会社都合の非自発的な退職である以上、責任を持って次の就業先を見つけられる制度設計にすべきです。

筆者が連載で出会った全国各地の外国人技能実習生や留学生たち。(写真/筆者)
(写真/筆者)
筆者が連載で出会った全国各地の外国人技能実習生や留学生たち。(写真/筆者)
(写真/筆者)


――技能実習制度は制度のルールだけを見れば、特定技能に比べ、保護されているように見えますが、いまだに実習生を劣悪な環境下で働かせる受け入れ事業者や、それを黙殺する監理団体がなくなりません。受け入れ会社の技能実習計画と監理団体の許認可権を持つのが、実習生の人権保護強化を目的に17年に新設された外国人技能実習機構(以下、OTIT)です。お2人の評価は?

吉水 すべての実習生が持つ「技能実習生手帳」の最初のページには、OTITの連絡先と母国語相談ダイヤルの連絡先が載っています。当法人に相談に来る実習生の約7割は事前にOTITに相談を行っていますが、転籍や宿泊支援など、具体的な支援につながったケースは聞いたことがありません。支援を必要とする実習生は、すでに家を失っていたり、空港から強制帰国させられそうになっていたり、緊急性を要するケースが多い。OTITの母国語相談ダイヤルに電話をしても「監理団体に確認します」などと言われ、早急な対応が期待できません。

山脇 OTITを新設する技能実習法が成立したのは16年11月ですが、当時の実習生の数は約23万人(同年12月末時点)です。当時の規模で予算、人員が組まれて発足しましたが、コロナ前には実習生が最大約41万人(19年12月末時点)とほぼ倍増しています。人員も予算も圧倒的に足りていません。技能実習計画の認定は書類審査だけで終わるケースが大半で、実地による審査が少なすぎます。

 その結果として、技能実習計画の認定が甘くなり、外国人や法制度に対する理解のない企業までもが実習生を受け入れてしまっている現実があります。

吉水 実習生を保護した場合、必ず相手側の言い分も聞きます。監理団体や受け入れ会社などに足を運びますが、明らかに喧嘩腰だったり、不衛生な寮を用意していたり、なんでこんな会社の実習計画が認定されているのかと思うことが多々あります。せめて初めて実習生を受け入れる監理団体や企業だけでも、必ず実地による審査をするようにしてほしい。

筆者が連載で出会った全国各地の外国人技能実習生や留学生たち。(写真/筆者)
(写真/筆者)
筆者が連載で出会った全国各地の外国人技能実習生や留学生たち。(写真/筆者)
(写真/筆者)

日本語力の問題が失踪と犯罪につながる

【対談】山脇康嗣×吉水慈豊「特定技能」の“バックレ”を生む危うい制度の画像1
北関東のパン工場で働く実習生たちが暮らしている社員寮。(写真/筆者)

――今年は技能実習、特定技能の両制度の見直しが行われる見込みです。

山脇 技能実習制度は法律上、技能移転による国際貢献を目的としながらも、実態は人手不足分野の非熟練労働者の確保が目的になっています。特定技能制度がその目的を人手確保としている以上、技能実習制度と目的は同じであり、2つの制度を一元化するべきと考えます。

 法改正により技能実習制度の目的と実態の齟齬を解消し、さらなる適正化も図った上で、「人材育成・人材確保・(広義の)国際貢献」を共通目的として、特定技能制度と整合性がとれた形で一元化するべきです。(広義の)国際貢献とは、狭い意味での技能移転のみによって達成されるものではなく、人材を共同して育成し、国際的な環流の仕組みを構築することにより、少子高齢化への対応や産業技術の高度化を含め、アジア各国が共通して抱える社会的諸問題に連携して対応し、もって持続可能性のあるアジア各国の成長と安定に寄与することを意味します。現行の技能実習法1条に規定されている「技能移転による(狭義の)国際貢献」という目的は、実態にそぐわないので削除すべきです。

――具体的に、どのように2つの制度を一元化するのでしょうか?

山脇 技能実習の3年間を基礎的人材育成期間、その後の特定技能の5年間を実践的人材育成期間としてとらえた上で、技能実習の業種と特定技能の業種の統一化を含め、両制度を合理的に連結し、段階的かつ計画的で一貫した人材育成制度として構築することが必要です。技能実習を海外からの労働者の受け入れ窓口のような位置づけにします。そして、即戦力の技能レベルに達した者が特定技能に移行する形が望ましい。実習生としての3年間は、これまで通り、原則、転職は認めない形にするべきです。

――転職ができないことなどを理由に、「技能実習制度は奴隷労働」などといった批判が国内外から出ています。

山脇 現行の技能実習制度では母国で同種の業務に就いていたという前職要件を設けていますが、実態は偽造書類が提出されていたり、日本で技能を学ぶ特別な理由を書類で提出したりすることで、技能実習計画が認定されています。実態としては、N5相当の日本語力も保証されていない未経験者を受け入れているわけです。特に製造業などでは指を切断する危険もあるような器具を使用します。

 転職を制限するということだけをとらえると、よくないと思われるかもしれませんが、3年くらいは同じ職場で手取り足取り仕事を学ぶ形にしないと、むしろ労災事故のリスクが高まるでしょう。

吉水 しかし、転職は認めないとしても、ひどい人権侵害や不当労働行為があった場合に、現行の技能実習制度で認められている「転籍」をスムーズに支援できる体制づくりは必須です。失踪し、犯罪に巻き込まれる実習生が増えるばかりです。

 ただ、失踪は日本語力の問題も大きい。失踪者がダントツで多いのは建設業ですが、建設はベトナムでは不人気職で、応募者が少ない。結果として、いつまでも面接に受からない人や、日本語の勉強などせずにすぐに働きたいといった安易な考えの若者が入ってくる。日本に来てから現場でコミュニケーションがとれず、トラブルになって失踪する。そうして在日不良ベトナム人とつながり、犯罪につながるという悪循環が起こっています。

山脇 実習生にも入国前にN5相当の日本語力を義務づけた上で、入国後も継続して日本語学習を実施する義務を、本人および実習実施者の両方に課すべきです。確かに実習生の問題の大半は労使関係のコミュニケーション不足など、日本語力に起因するものが多い。

――その日本語教育のコストを誰が負担するのか。議論すべき点はまだまだありますが、「選ばれる国」になるための数々の視座をありがとうございました。

※本連載は2022年春、加筆・再編の上でサイゾーより単行本化決定。今回の対談の「完全版」も収録される。

●プロフィール
澤田晃宏(さわだ・あきひろ)
1981年、兵庫県神戸市出身。ジャーナリスト。進路多様校向け進路情報誌「高卒進路」(ハリアー研究所)編集長。高校中退後、建設現場作業員、アダルト誌編集者、「週刊SPA!」(扶桑社)編集者、「AERA」(朝日新聞出版)記者などを経てフリー。著書に『ルポ技能実習生』(ちくま新書)、『東京を捨てる コロナ移住のリアル』(中公新書ラクレ)がある。

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