都心から約1時間半とアクセスがよく、利便性に優れているにもかかわらず、人口減少が止まらない三浦半島南端の三浦市。日本創生会議・人口減少問題検討分科会では、神奈川県の1市7町1村を「消滅可能性都市」と推計しているが、そのなかで唯一、「市」で消滅可能性都市なのが、三浦市だという。1994年の5万4339人をピークとして減少に転じ、2015年には4万5289人に。国立社会保障・人口問題研究所の2025年の将来推計人口によると、今後3万8227人まで減少し、その時点での高齢化率も42.0%と推計されている。
現在放送中のNHK大河ドラマ『鎌倉殿の13人』のメイン舞台である鎌倉市。三浦半島の西側の“先端”付近にあるその鎌倉から見れば、三浦半島のちょうど“反対側”に位置する三浦市の海岸沿いで、“シャレオツ飲食店”と“プライベートヴィラ”を開業した飲食店経営者がいる。しかも、理念のひとつとして掲げるのは、「地域再生」。いったいその経営者は何か目論んでいるのか? 話を聞いた。
豊富な観光資源と農水産業…三浦のよさを生かさないのは“もったいない”
京浜急行電鉄久里浜線の終点、三崎口駅のひとつ手前、三浦海岸駅から歩くこと30分。三浦海岸の美しいビーチをひたすら南に歩いた先にあるのが、「ビーチエンド・ヴィラ・ブル」だ。
2021年4月に、イタリアのビーチリゾートを彷彿とさせる宿泊施設として開業した同ヴィラは、同地に以前から建っていた民家をリノベーションしたのだそうで、一軒家貸し切りのプライベートヴィラ。ペット同伴可能の1日1組限定(6名まで)で、本格的なテントサウナやジャグジーも楽しめるのだという。隣接するピッツェリア「クリフテラス」では、薪窯で焼き上げるピッツァを気軽に食べられる。目の前はもう三浦海岸のビーチ、というロケーションも最高だ。さらにそのすぐ近くにあるレストラン「ビーチエンドカフェ」では、三浦半島の旬の素材を生かした本格的なカジュアル・フレンチが提供されている。
これらの3施設を一体的に運営する、m-folks社の代表取締役社長・宮浦準氏に、開業の意図とともに、三浦市の地域創生、観光産業や将来について語ってもらった。
――宮浦社長がこの三浦市で、プライベートヴィラと飲食店2軒を一体的に経営しようと思った経緯を教えてください。
宮浦社長 最初は単純に、「景色のいい海沿いでレストランをやりたいな」と考えていて、さまざまな場所を検討しているなかで、三浦市内のある農家さんに出会ったんです。その方の話を聞いて、「もったいないな」と思ったんですね。三浦は、京急本線の快特に乗れば東京都心から1時間半もかからず、都心と容易に行き来することができます。
一方で海と山に囲まれ、自然の観光資源は豊富にある。農水産業も盛んで、三浦マグロや三浦の大根・キャベツなどは全国的にも有名です。同じ三浦半島にある鎌倉市や葉山町は開発されて土地の値段も上がり、観光産業的にも順調な人気エリアになりましたが、この三浦だけは、バブル期から取り残されてしまいました。地元の人たちは、三浦の恵まれた環境がもはや当たり前になっていますが、いや、「もったいない」んだと気づいてほしい。こんなにいいところなのに、なぜ衰退していくんだろう、ここで何かができるんじゃないかと思ったときに、地域創生や地域活性に軸足を置いて動いていこうと思うようになりました。
――確かに三浦市には宿泊施設が少ないですよね。一方で、首都高から横浜横須賀道路などを通ってクルマで比較的容易におもむけるから、首都圏からの観光客は宿泊せずに、日帰りで帰ってしまう人も多いでしょうね。
宮浦社長 そうなんですよ。だから、飲食店だけではなく宿泊施設も一緒に運営すれば、観光客の集客もやりやすいのではないかと思い立ちました。観光地に来たらお酒も飲みたくなる。クルマで来る人も多いとなれば、宿泊施設もあったほうがいいですから。
鎌倉市などは、歴史的建造物や魅力的な観光スポットがたくさんあるので、「せっかく鎌倉に来たんだから」と忙しく観光する方も多いでしょう。対して三浦は何もないから(笑)、海を眺めながらゆっくりくつろげる場所。飲食店を中心に、そこから派生していく事業をもっと増やしていきたいと思っています。
独立・開業した段階ですでにコロナ禍の真っ最中…厳しい状況しか知らない
――宮浦社長は、関東・関西を中心に飲食事業を展開する一大グループ企業バルニバービ社のご出身だとか。同社の社内独立支援制度のようなものを利用して、独立されたのでしょうか?
宮浦社長 私は24歳でバルニバービに入社したのですが、趣味でサーフィンをやっていて、三浦海岸にもたまに来ていました。そんななか、先述したような経緯もあり、ビーチエンド・ヴィラ・ブルのこの物件をたまたま見つけて、自分で手がけてみたいと思ったんですね。そこで勤務先のバルニバービに相談して、独立した、というわけです。
バルニバービとは、大家さんと借主のような関係です。土地はバルニバービ社が所有しており、ウチが家賃を支払って営業をして、売り上げのうちの何割かを納めているという形です。
――2020年4月の開業というと、2020年初頭からのコロナ禍に直撃されたのでは?
宮浦社長 バルニバービ社から独立したのは2020年1月ですが、2019年10月頃からいろいろと動き始めていました。寝かせていてもランニングコストはかかってしまうので思い切って開業しましたが、2020年のゴールデンウイークなんかは、閑古鳥でしたね……。8月にはわずかながら観光客も来てくれましたが、それ以降はまた、かなり厳しい状況に。コロナ禍における戦略は……特にないですね(笑)。独立・開業した段階ですでにコロナ禍だったので、コロナ禍以外の状況を知らないんですよ。このヴィラは団体で泊まっていただけるとはいえ、1泊8~18万円と高単価なので、さてどうやってさらなる集客をしようか、というのが目下の課題です。
――目の前にビーチ、というロケーションは確かにすばらしいですが、それ以外の魅力とは?
宮浦社長 うちのヴィラは長期プランも作っているので、できれば2泊以上でお越しいただきたいですね。ご家族やカップル、友だち同士でのんびりしてもらえるよう、サウナやジャグジーもあります。ペットも同伴可能ですし、階段を下りてすぐ目の前の砂浜は、自由に散歩できます。
三浦は釣り、SUP(Stand Up Paddle)、ヨット、クルーザー、乗馬などのアクティビティも豊富ですし、おいしい海産物が食べられてのんびりできて、夜は星を見て……とリフレッシュできる場所です。半分仕事、半分遊びのような感覚で、法人さんも研修などでご利用いただきたいですね。
さまざまな事情を抱える地域の方にも積極的に雇用の場を提供したい
――宮浦社長が施設運営において大事にしていることは何かありますか?
宮浦社長 自由であることでしょうか。言語化は難しいのですが、なるべくモノサシを作らないようにしています。モノサシがあると、どうしてもそれを基準にしてしまいます。でも、そのモノサシだけの発想にとどまってしまうのは非常にもったいない。可能性は常に無限大です。レールがないからこそ、新しいことにどんどん挑戦できる。スタッフについても自由でいてほしいと思っていて、思いついたことは周りに伝えてトライしてほしいと。失敗してもいいんです。そういったものが、会社の軸ですね。
例えばウチの社員は契約社員が多くて、「月の半分だけ働きたい」「週4日は休みを欲しい」など雇用形態・勤務形態についての要望をなるべく聞いて、それに見合った対価を支払う形をとっています。
――地元の方々と連携し、「地域貢献としての雇用改善」といったこともご検討中だとか。
宮浦社長 より地元に根付いた店となっていけるよう、地元業者や地域の方とたくさんコミュニケーションを取るようスタッフにも言っているのですが、今後は特に、地域雇用の改善といったことも考えていきたいですね。もちろん、私自身がまた新たにビジネスを起こして地元の方を直接雇用することもあると思いますし、シニアの方、シングルマザーの方、さまざまな事情で東京まで働きに出られない方、出たくない方に、なにがしかの方法で雇用を提供できる環境を整える手助けができればと考えています。
三浦市は人口減少の一途をたどっています。やはりそのエリアに雇用がなければ、若い人たちも移住などしてくれませんよね。しかし人口増がなければ、高齢化して過疎化していくだけ。三浦で日常の買い物といえば、駅前かベイシアの2カ所のみ、あとはコープで宅配を頼むなどしか方法がありません。山がちな地形なので、年を取ると買い物だけでも大変。だからこそ、多くの企業に三浦に入ってきてほしいんです。住みよい場所の活性化と観光の両立、それが三浦の課題でしょうね。
行政、公共交通とも連動した地域一体型の観光活性化にトライしたい
――今後の展望を教えてください。
宮浦社長 コロナ禍に見舞われたこの2年とちょっと、うまくいかないこともありましたが、いろいろな“しかけ”はしています。三浦の農家さんと一緒に地の物を使った商品を考案したり、ウエディング事業なども検討中です。飲食業態だけではなく、社会貢献につながるような動きをできればと考えています。弊社がハブになって地元の人同士ががつながって、コミュニティができればいいなあと。
三浦で必要とされることにも、もっとトライしていきたいですね。例えば三浦の山中にはバイクショップがないのですが、三浦をバイクでツーリングをするなら、タイヤのパンクやバッテリー上がりに備えて、バイクショップの1軒くらいあったほうがいいですよね。私の本業は飲食店経営ですから、そのバイクショップの隣においしいごはんやデザートが食べられる飲食店をつくる、とかね。
ビーチエンド・ヴィラ・ブルのある三浦海岸は整備が行き届いたきれいなビーチなので、音楽フェスなどのイベントやキャンプなんかもできるようになればとも思っています。飲食業を中心に、そこから派生した“何か”を考えていきたいんですよね。
三浦海岸よりももう少し西側、まぐろで有名な三崎港の周りの商店街も地域活性化に注力しておられて、オシャレなカフェやハンバーガー店、コワーキングスペースなどができています。しかし、これは三浦に限らず地方でしばしば見られる現象なのですが、そういった取り組みがそのエリアのみで完結してしまっていることも多いのですよね。三浦に関しても、ここ三浦海岸だけ、そして三崎港だけ、三崎港の隣の城ヶ島だけ……で頑張ろうとしてしまっている部分もある。でも本来は、三浦市の行政や京急などの公共交通とも連携して、三浦市全体で観光産業を活性化させていったほうが効率がよい分野もあるでしょう。
とにかくひとりでも多くの人に三浦に来てほしい。そのための情報発信は、今後も続けていきたいと思っています。
(文=高田昌子)