2018年にアイドルグループ「愛の葉Girls」メンバーだった農業アイドル・大本萌景さんが自死し、大本さんが当時の所属会社からパワーハラスメントなどを受けていたとして、遺族が所属会社を相手取り約9000万円の損害賠償を求めて提訴。遺族と代理人弁護士は会見を行い、大本さんは事務所から「グループの活動を続けないのであれば違約金1億円を支払え」などと言われていたと主張し、クラウドファンディングで費用を募るなど積極的に情報を発信していたが、昨年12月に東京高裁は控訴を棄却し、遺族側の訴えを退けた。遺族と代理人が会見を行った当時、情報番組『情報ライブ ミヤネ屋』(読売テレビ)は連日にわたり、所属会社社長が脅すような声で話す場面を交え同社長を悪者扱いする再現ドラマなどを放送していたが、事務所が『ミヤネ屋』に公平な放送を求めて申入書を送付していたことがわかった。『ミヤネ屋』は申入書への回答のなかで「中立性、公平性、公正性に配慮した放送を行ったと考えている」と説明している。
大本さんが亡くなった後、遺族は大本さんが所属会社・Hプロジェクトからパワハラや長時間労働を強いられていたとして、Hプロに民事訴訟を起こし、遺族と代理人弁護士は記者会見を行い自らの主張を訴え、Hプロに対する批判が強まっていた。
特徴的だったのは、遺族と代理人弁護士による、SNSやウェブサイトを通じた積極的な広報活動だ。代理人弁護士が共同代表理事を務める日本エンターテイナーライツ協会、および同氏が代表理事を務める一般社団法人リーガルファンディングのサイト上で情報を発信し、さらにクラウドファンディングで資金を募るという取り組みも行っていた。
これを受け、Hプロの佐々木貴浩社長は、事実と異なる情報を広められ名誉を棄損されたとして、遺族、そして上記2団体を相手取り損害賠償を求めて提訴。今年2月に東京地裁は、記者会見での代理人弁護士の説明や関連団体のウェブサイト上で発信された情報、代理人弁護士と遺族のSNS投稿などが名誉毀損に該当するとして、遺族と代理人弁護士に計567万円の支払いを命じる判決を出した。
再現ドラマを流すのは『ミヤネ屋』の十八番
判決後、2月28日にHプロの佐々木社長は会見を行い、「放送は、私やスタッフの犯罪が確定したような内容でした」「報道が真実かのように映し出されたことが大きかった。生きた心地がしなかった」と語ったが、再現ドラマまでつくり連日にわたり佐々木社長を批判していた『ミヤネ屋』はこの判決を扱ったのは1分足らず。これを不服としたHプロは『ミヤネ屋』に申入書を送付し、Hプロは『ミヤネ屋』からの回答を公開したのだが、その回答内容は
「原告側、ご遺族側それぞれの主張等について、中立性、公平性、公正性に配慮した放送を行ったと考えております」
というものだった。
「週刊誌報道などを紹介する際に、おどろおどろしい効果音や映像とともに、ある人物を悪人仕立てにした再現ドラマを流すのは『ミヤネ屋』の十八番。逆に、特手の人物へのインタビューをもとに美談に仕立てたストーリー映像を流すのも『ミヤネ屋』の常套手段。『キー局ではそこまでやらない』というレベルの悪ノリもみられ、『地方局だから、これくらいの緩さは許容範囲』という確信犯的なものを感じる」(キー局社員)
弁護士が裁判において行うことは訴訟代理業
裁判で大本さんの遺族の主張が退けられた理由について、山岸純法律事務所代表の山岸純弁護士はいう。
<大本さんのご遺族が提起した訴訟では、「パワハラが原因で自殺したことを原因とする損害賠償」を求めていたと思われますが、人が自殺するにもいろいろな原因があるでしょうから、「これが原因で自殺した」ということを立証しきれなかったのだと考えられます。ここで「ほかに自殺する原因なんで考えられない」と思われるかもしれませんが、録音がない限り「社長の恫喝」などを立証するのは困難ですし、一般人にとって「自殺」が極めて異常な状態での行動であることから、「遺書」がない限り一般人がある人の「自殺の原因」を間違いなく特定することなんて困難です(「人は、こういう理由があれば自殺します」などと一般的に言うことができないからです)。
他方で、たまに「過労による自殺」と認められ労災保険がおりた、といったニュースを聞きますが、真実、本人の「自殺の本意」が不明であっても、後から、週の勤務時間やノルマなど、客観的な状況が判明することで「原因」を追及することができるのです。人間の頭の中(自殺する考え)は外から読めないので、客観的な状況から推認していくしかないのです。このため、「原因」と「自殺」の因果関係を立証することは極めて困難です。おそらくご遺族が提起した訴訟もこの立証活動の限界があったことと思います>
今回の事案で特徴だったのは、前述のとおり大本さんの遺族と代理人弁護士が記者会見やネットを通じて、積極的な広報活動を行っていた点だ。2月のHプロ・佐々木社長の会見に同席した代理人、渥美陽子弁護士は次のように指摘している。
「提訴時の記者会見の内容はかなり断定的なもので、多くのメディアで誤った内容が拡散された。今回、特徴的だったのは、クラウドファンディングと一緒に行われたことだ。広く一般の方からお金を集めるために、どうしても共感を得やすいストーリーを出していくことが大事になるため、断定的な内容が語られてしまったのではないか」
「弁護士は訴訟業務のなかでは、ある程度踏み込んだ表現をしなければいけないところもあるが、訴訟を離れたところでは、弁護士業務だからと何をやっても許されるわけではないため、表現がどういう影響を及ぼすのか、十分に注意しながら行う必要がある」
一般的に、裁判の当事者および代理人による「裁判の外」での情報発信活動は、どこまで許容されるのか。また、そうした活動が裁判の判決に影響を与えることはあり得るのか。
<今回、「加害者」とされた会社側の名誉毀損を理由とする損害賠償が認められたとのことです。ここで、先の訴訟で代理人を務めた弁護士も損害賠償責任を負わされたとのことですが、正当な弁護士活動を逸脱したのではないでしょうか。
我々弁護士が「裁判」において行うことは、訴訟代理業、すなわち訴える内容の証拠を集め、主張を構成し、これを書類にまとめて裁判所に提出し、法廷では証人尋問などを行い依頼者の主張を立証する、これが業務です。また、これに付随する業務として、時に依頼者とともに記者会見を開き国民の知る権利に答える、時に裁判の勝ち負けではどうにもならない公害や消費者被害を回復するために政府に法整備を求める、などです。
しかし、我々弁護士が「裁判」において行う業務は、あくまで「主張」と「証拠」を裁判所に届けて依頼者を勝たせることです。決して、世論を急き立てたり、マスコミの同情をかう行動などを「裁判において依頼者が有利になる弁護活動」と勘違いして行ってはいけないと考えます(当然、このような活動は裁判の結果には無関係です)。
果たしてどのような「ツイート」がダメと言われたのか、その内容はわかりませんが、自分が受任している裁判の内容について、時に感情的になったりして「依頼者に有利な内容のツイートをすること」が「裁判において依頼者が有利になる弁護活動」、すなわち「訴訟代理業」にならないことは自明です。弁護活動ではないなら何なのか、それは「弁護士の私的行動」です。そうであれば、違法行為は違法行為と判断されることは当然です。
ところで、私も裁判では相手方の主張の内容に苛立ったり、相手方の弁護士の態度に腹を立てたりし、強い感情を抱いたりすることがあります。しかし、家に帰ってビール飲んだら忘れます(どうやって勝とうか、を考えるのを忘れたことはありませんが)。なぜなら、事件は私自身のことではなく、私は、しょせん「大義をもって裁判に挑む依頼者の、裁判における”傭兵”」にすぎないからです>
(文=Business Journal編集部、協力=山岸純弁護士/山岸純法律事務所代表)