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片田珠美「精神科女医のたわごと」

首相襲撃:木村容疑者、現代日本の機能不全家族を象徴…イジメと父親が犯行動機の遠因か

文=片田珠美/精神科医
首相襲撃:木村容疑者、現代日本の機能不全家族を象徴…イジメと父親が犯行動機の遠因かの画像1
首相官邸のHPより

 4月15日、和歌山市雑賀崎の漁港で選挙の応援演説を行っていた岸田文雄首相にパイプ爆弾が投げ込まれた事件で、兵庫県川西市に住む24歳の木村隆二容疑者が逮捕された。木村容疑者は、小学校時代は明るい性格だったようだが、中学生時代にイジメに遭って性格が暗転したと「文春オンライン」(文藝春秋4月16日配信)が報じている。

「文春」によれば、中学1年生の後半から仲間外れにされ、皆から無視されていたようで、このイジメはクラス替えで別のクラスになるまで、少なくとも半年ぐらいは続いたという。そのせいか、中学2年生になると、授業には出ずにカウンセリング室に行くようになったそうだ。事実とすれば、このイジメが今回の犯行の動機形成の遠因になった可能性も否定できない。

鬱屈した生活を送りながら「今に見ていろ、俺だって」

 イジメは、殴る蹴るといった攻撃が比較的オープンに行われる「直接的イジメ ( Direct Bullying)」と、仲間外れや無視などのわかりにくい攻撃が遠回しに行われる「間接的イジメ ( Indirect Bullying)」に大別される。木村容疑者が受けていたとされるイジメは後者に該当するが、この種のイジメによって自尊心が傷つき、自己肯定感が低下することは少なくない。

 そうなると、自尊心を回復し、自己肯定感を高めるためにかつての同級生を見返したいという願望が芽生えやすい。理想的なのは、学生であれば勉強やスポーツで、社会に出てからは仕事で成果を出して見返すことだろうが、木村容疑者の場合、それは難しかったようだ。

 というのも、中学生時代の同級生が、「高校を卒業してから、あいつと一緒の高校に行ってたという同級生と話をしたら『そういえば高校の卒アルに木村の写真がなかったわ。あいつ、知らんうちに退学したんやろか』といってましたね」と証言しており(「現代ビジネス」講談社4月17日配信)、高校を中退した可能性があるからだ。また、木村容疑者の家族も「定職に就いておらず、家に閉じこもる生活が続いていた」などと話しており(『Live News days』フジテレビ系4月17日放送)、引きこもりがちな生活を送っていたことがうかがえる。

 このような生活を送っていると、同級生を見返すどころか、劣等感が募り、鬱憤が溜まることは容易に想像がつく。鬱屈した生活の中で、「今に見ていろ、俺だって」と思いながらも、まっとうな手段で見返す道は閉ざされたように感じ、大きな事件を起こして一発逆転するしかないと考えたのかもしれない。大きな事件といえば、昨今では無差別殺人か要人暗殺だが、昨年7月に安倍晋三元首相が襲撃され、死亡した事件によって木村容疑者が触発された可能性も十分考えられる。

怒鳴ってばかりいたという父親の影響

 木村容疑者の自尊心と自己肯定感に影響を与えたと考えられる人物がもう1人いる。父親である。父親は自営でトラックの運送業をしていたが、母親や子どもたちをよく怒鳴りつけており、木村容疑者を「グズグズするな!」と大声で叱りつける姿も近隣住民に目撃されている(「文春」より)。このように怒鳴られてばかりいるうちに、子どもが萎縮することはまれではない。しかも、おとなしい木村容疑者は言い返すこともできなかっただろうから、その分鬱憤が溜まったのではないか。

 5年ほど前からは木村容疑者の家で父親を見かけることはほぼなくなったらしいので、出て行ったのかもしれない。それでも、父親から怒鳴られてばかりいた記憶は残っているはずで、父親を見返したいという願望が強い可能性もある。

 中学生時代のイジメにせよ、怒鳴ってばかりいた父親にせよ、木村容疑者本人が現時点で黙秘を続けている以上、その影響については推測の域を出ない。ただ、先ほど述べたように、鬱屈した生活を送りながら「今に見ていろ、俺だって」という気持ちが強くなり、今回の犯行に及んだのだろうと私は思う。

 私が何よりも怖いと思うのは、母親とは一緒にガーデニングをしたり、買い物に行ったりして仲が良さそうに見えたという点だ。犯行に及ぶ前に、「自分が事件を起こしたら、お母さんが悲しむのではないか」「お母さんに迷惑がかかるのではないか」と考えることはなかったのだろうか。仲が良かったはずの母親が抑止力になりえなかったことが、現在の日本社会に多い機能不全家族を象徴しているようで、今後も同様の事件が続発するのではないかと危惧せずにはいられない。

参考文献
Dan Olweus “Bullying at School: What We Know and What We Can Do (Understanding Children’s Worlds” Wiley-Blackwell 1993

片田珠美/精神科医

片田珠美/精神科医

広島県生まれ。精神科医。大阪大学医学部卒業。京都大学大学院人間・環境学研究科博士課程修了。人間・環境学博士(京都大学)。フランス政府給費留学生としてパリ第8大学精神分析学部でラカン派の精神分析を学ぶ。DEA(専門研究課程修了証書)取得。パリ第8大学博士課程中退。京都大学非常勤講師(2003年度~2016年度)。精神科医として臨床に携わり、臨床経験にもとづいて、犯罪心理や心の病の構造を分析。社会問題にも目を向け、社会の根底に潜む構造的な問題を精神分析学的視点から分析。

Twitter:@tamamineko

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