巨大新聞2社が合併か?“新聞業界のドン”のもとに二重スパイから情報提供
「会長、誰だってスパイがいるのに来る気にはなりません。ねえ、吉須さん」
深井が水を向けると、吉須が笑いながら答えた。
「いや、伊苅がいるから、来ないわけじゃないです。大地震の後、いろいろ忙しかっただけなんですよ。会長が迷惑なら、これまで通り月に1回か2回は立ち寄るようにします」
「お主、そんなこと、気にせんでええぞ。多分、奴は村尾君からお主の情報を上げろ、と言われちょるじゃろ。お主は何もせんでも煙たい存在じゃからな。お主が姿を見せなきゃ、わしに情報を上げよる以外に仕事がのうなるだけじゃ。お主はしばらく姿を見せん方がええんじゃが…。奴もわしのスパイとしては少しは役に立っちょるからな…」
太郎丸は意味ありげに破顔一笑した。
「会長、伊苅は村尾さんの二股不倫以外でも面白い情報を上げているんですか」
深井の質問に、太郎丸はしばらく間を置いた。
「ふむ…。これはな、お主ら限りじゃぞ。伊苅の奴、連休前に報道協会ビルの会長室にやってきよった。いつもは電話じゃが、『電話じゃ話せません』と言いよるからな」
「どんな話だったんですか」
「お主らの大都と日亜が来年4月1日に合併、再来年には新聞の題字も『大日新聞』に替え統合するというんじゃな。松野(弥介)と村尾で合意しとっちゃが、大地震で5月半ばに予定しよった発表が無期延期になったと言いよるんじゃわ」
松野と村尾合意していたのは合併後も「大都」の題字で新聞を一本化し、新たに経済情報に絞った新媒体を発刊することだった。しかし、社内に漏れる情報は不正確で、伊苅はその不正確な情報を伝えたのだ。
「『大日』ですか。『大都』と『日亜』を足して二で割ったんですね」
「多分、そうじゃろ。ここの2、3年、わしも二人がコソコソやっちょるのは知っちょったが、提携じゃと思っちょった。それはこの前話しよったな」
「ええ、聞きました。僕も提携くらいなら、別にどうということも思いません。でも、合併となると、相当なハードルがありますよ。あまりにも荒唐無稽じゃないですか。なんで、そんな話し合いをしていたんですかね。理解できません」
「この前も話しよったが、新聞社は特殊じゃから、合併など簡単に出来んのじゃな」
太郎丸が頷くと、深井が解説を続けた。
「でも、松野なら考えそうなことです。とにかくノー天気な人ですから。会長のところに部数トップの座を抜かれたくなかっただけじゃないですか。合併が手っ取り早いとね。それに、日亜の村尾さんは松野に社長にしてもらったんでしたよね。吉須さん」
「ふむ。村尾は常日頃『松野さんは大恩人』と言っているらしいし、頼まれれば嫌とは言えないだだろうな。でも、会長は『日亜は合併などできない』と言っていましたよね」
「そうじゃ。うちの株式売買の裁判で、固定価格での取引にお墨付きがでちゃけんな。フリーハンドを持っちょるのは純粋持ち株会社に移行しよったうちだけじゃ。日亜は固定価格以外の売買は全くしちょらんから、大都と合併しよるちゃって、容易じゃないわな」
「5月半ばに発表すれば面白かったのに…」
今度は深井が残念そうな顔をした。
「お主らは面白いじゃろが、うちにとっちゃ、面白い、面白い、と言っちょってばかりもおれん。万が一ということもあるよってな。伊苅君には『また情報をあげろ』と言うちょる。奴はな、わしの歓心を買わにゃと必死なんじゃ」
「会長、やっぱり奴の二重スパイに気を付けないといけないですよ。吉須さんにも資料室に週1回位は顔を出してもらった方がいいです」
「それもそうじゃな。二重スパイの相手がおらんじゃ、頓珍漢な奴じゃけん、なにをしよるかわからんな。吉須君、頼んじゃぞ」
太郎丸は大笑いしながら吉須を睨みつけた。
「会長、さっきそうしますと言ったでしょう。心配には及びません。それより秘書の杉田さんはどうなんですか」
「お主らに最初に電話しよった時じゃって手の込みよったことをしよっちゃろ、わしは。杉田君はお主らと会っちょるのは全く知らん。事務的に付きおうとるだけじゃ」
「二股不倫の言質はとっていないんですね」
「当然じゃ。二重スパイにでもなられたらかなわんけん、慎重に付きおうとるんじゃ」
今度は、吉須に代わって、深井が切り出した。