ある新聞の相談コーナーに、入れ歯に関する2つのショッキングな相談が載っていました。
(1)29歳、1児の母である女性
「若くして入れ歯になり、うつ状態になってしまい困っている」と訴え、良いアドバイスを求めているのですが、その文には自分を攻める文言が並びます。
「入れ歯のママ・嫁なんて家族に申し訳ない」
「どうしてもっと歯を大事にしなかったのか」
「入れ歯で営業の仕事なんてできるのか」
「これから会食など、どうなるのか」
「入れ歯を入れて顔がどう変わってしまうのか」
「友人や同僚にどう思われるのだろう」
入れ歯になったことで、こうした思いにとらわれて何も手につかず、うつ状態に陥ってしまったのだそうです。
(2)30代男性
この方も、やはり「入れ歯になって落ち込み、立ち直れない」と訴えています。
「ブリッジが土台ごとだめになり、インプラントも適用不可で、入れ歯になり落ち込んでいる。どうにか仕事はしているが、気持ちは暗くなる一方」
この2人に共通するのは、入れ歯に対する負の感情がとても強いことです。世間一般の風潮や年齢を考えれば致し方のないことかもしれませんし、私も歯科医療に無縁の素人だったら、若くして入れ歯という事実をすんなり受け入れることは困難だったかもしれません。
しかし、どんな年齢でも、どんなに嫌だとしても、歯がない状態のままでいるよりも、入れ歯を入れて上下の歯を28本に揃えてきちんと咀嚼できる状態を維持することが全身の健康につながります。
いずれにしても歯科医が悪い
この相談で一番気になるのは、この方たちの主治医(歯科医)の対応です。若い人に入れ歯を入れる時のメンタル面の適切なサポートはあったのでしょうか。
この方たちのように、うつ状態にまで落ち込む背景には、入れ歯に対する負のイメージがあります。歯科医に限らず医療者の使命のひとつは、治療を受けた患者に新たな病気や症状を与えてはならないということですので、こうして歯科治療で落ち込んでしまう患者さんを生み出していけないはずです。入れ歯の負のイメージを払拭し、噛み合わせを確保し、食べものを咀嚼することが全身の健康の基だということを丁寧に説明し、患者さんの心理的な負担を取り除いてあげるべきです。それがなされていなかったことは上記の投稿に如実に表れています。
問題は、歯科医側にも入れ歯に負のイメージを持っている者が少なくないという点にあります。特に、インプラント医に代表されるように、入れ歯に負のイメージを植え付けて、インプラント治療に誘導するような歯科医もいます。また、こういう歯科医のもとで働く歯科衛生士などは、「入れ歯は良くないもの」と信じ込んでいる人が多く、それが言動に出るのも特徴です。
そもそも、2人目の投稿者の男性のように、インプラント適応不可の場合はインプラント医でも入れ歯で咀嚼を回復してあげなければならないのに、インプラントより劣っていると聞かされている入れ歯を入れられたなら、この方のように落ち込んでも仕方ないでしょう。
この2人の相談者のように、歯科治療を受けてことでひどく落ち込んだり、うつ状態になってしまうなど、あってはならないことです。しかし、「よく磨かないと入れ歯になってしまいますよ」などと脅し文句を使う衛生士や歯科医が、世の中にはびこっています。入れ歯を貶めることは自身の職業の全否定であることを、歯科医療者は肝に銘じるべきです。そして、世間一般にある入れ歯への負のイメージを払拭し、不要な嫌悪感を取り除くことで、冒頭の投稿者のような人を生まない世の中に変えなければなりません。
どんな年齢の人にも快適な入れ歯を提供し、よく噛めることで笑顔にすることが歯科医療者の務めなのです。
(文=林晋哉/歯科医師)