昨年末以来、アスリートへの鉄剤注射の議論が盛り上がっている。
12月に京都で高校駅伝大会が開催されたが、一部の強豪校で成績を向上させるため、女性選手を中心に不要な鉄剤の点滴が行われていたことが発覚したのがきっかけだ。点滴によって鉄を過剰に投与すると、肝臓や膵臓などに沈着し、肝障害や糖尿病を引き起こすことが知られている。
この問題をもっとも取り上げたのは読売新聞だった。12月19日の社説『鉄剤注射選手寿命を縮める有害行為だ』で「指導者が自分の名声のために、選手を犠牲にしているのではないか」と糾弾し、「貧血は食事や経口薬で治療が可能で、鉄剤注射は重度の貧血に限られる」と解説した。批判を受け、日本陸上競技連盟(日本陸連)は、貧血治療名目の鉄剤注射の使用を原則的に禁止することを決めた。
私は一連の動きを知って、暗澹たる気持ちになった。皮相上滑りな対策で、世界で進んでいるアスリートの貧血に対する研究成果をまったく顧みていないからだ。
本稿では、アスリートの貧血対策、鉄補充の現状をご紹介しよう。
貧血とは赤血球が少ないことだ。医療現場では、採血をして赤血球に含まれるヘモグロビンという物質の濃度を測定して判断する。正常値は男性13.5~17.5 g/dL、女性11.5~15.0 g/dLだ。正常値以下の場合を貧血と診断する。貧血は男性にも起こるが、生理で出血する女性に生じやすい。
貧血の予防は鉄を摂取することだ。ヘモグロビンをつくるには鉄が必要だからだ。ところが、鉄は赤身の肉や魚に多く、炭水化物には含まれていない。焼き肉をしていると、肉が茶色になるのは鉄が錆びるからだ。カツオのタタキや鯨肉が茶色であるのも同じ理由だ。パセリや小松菜などの緑色野菜にも含まれるが、鉄の形態が異なり、肉類ほどには吸収されない。コンビニ弁当などの普通の食事では補充しにくい。肉や魚、つまり高たんぱく質なおかずをしっかり食べていない人は貧血になりやすい。ベジタリアンやダイエット中の女性は貧血になるリスクを抱えている。
貧血は、若年女性でありふれた疾患だ。虎の門病院の久住英二医師らの研究では、わが国の女性の17%が貧血だった。これは米国の6%、欧州の2-5%と比べはるかに高い。