内容は、「米国型の市場原理は日本の医療の世界にはそぐわない」と、TPP参加絶対反対を掲げる日本医師会や、遅ればせながらTPP交渉に懸念を示し始めた日本薬剤師会を一時的でさえも喜ばせるものだった。
記事の具体的内容は、
・日米2国間協議で、保険診療と保険外診療の併用を認める「混合診療の全面解禁」について議論の対象としない
・株式会社の病院経営参入解禁も求めない
という内容で、日本医師会と日本薬剤師会は、「日本が世界に誇る国民皆保険制度の崩壊につながるという」という理由で、「混合診療の全面解禁」「株式会社の病院経営参入解禁」に反対している。
だが、そもそも混合診療はすでに一部で解禁されており、今でも十分患者にかかる負担は大きい。がんや難病など、未承認薬を多く使用しなくてはいけない(または希望する)患者以外に、混合診療の大幅な拡充を求める理由はないはずだ。
例えば、30代で胸に持病のあるAさん(独身/自由業)の場合、保険が適用される薬と併用して、非適用の薬も服用しなくてはいけない。月に2回の診察で1回で14日分の薬をもらう。診察代金は再診料と投薬料で590円、帰りに調剤薬局で安価なジェネリック薬の購入金が1280円。その他、保険外金額(10割負担)の薬が2800円。合計すると、ひと月で9340円かかる計算だ。年間で11万2080円。確定申告時に医療控除がなされるとしても、バカにならない金額だ。
「この1年で、薬代と診療代で月200円ほど上がった気がする」と語るAさんの通うクリニックは、都内でも有数の高級住宅地にある。しかし、そんなクリニックですら、
「診療代金を節約したいので、月に一度の診療にしてもらえませんか。できれば、薬は一度にひと月分出してほしい」
と、掛け合っている患者さんの姿を見ることが増えたという。
都内は、開業医で溢れているが、
「患者さんは争奪戦に近いですし、診療報酬が低くて、経営はギリギリです。医師が大儲けするのはいかがなものかとは思いますが、まったく金儲けするなという風潮に疑問を感じざるを得ない」
と、打ち明ける開業医は決して少数ではない。こうした状況で混合医療を全面解禁すれば、保険外の薬を積極的に処置し、検査の数を増やして診療報酬を増やすなどする医師が増える可能性は否定できない。
仮に今回全面解禁が見送られたとしても、解禁を求める医師が日本国内でも少なからずいる以上、いずれこの問題は再燃するだろう。
「自分は治療だけに専念したい、経営は経営のプロに任せたい。そして、自分の腕に見合った年俸を手にしたい」
という考えを持つ医師も今後は出てくるはずだ。そうなると、株式会社の病院経営参入問題も再び顕在化する。
注意が必要な多国籍医薬品企業の動き
7月の参議院選挙では、羽生田俊日本医師会副会長が全国比例で当選。武見太郎元医師会会長の息子で厚労副大臣も務めた武見敬三が、東京選挙区で当選を飾った。
TPP交渉の医療分野で、今後米国から混合診療の全面解禁などの要求があった場合、大票田を持つ医師会と揉めることは想像に難くない。だが、そんな筆者の危惧は、自民党議員からは一蹴された。
「内ゲバに明け暮れた民主党が、完全な反面教師です。前回の衆院選、都議選、参議院選では、国民に“見放されること”の恐ろしさを、国会議員たちは目の当たりにしたわけです。野党が再編しない限り、民主党は立ち直るまでに、最低10年はかかるでしょう。今、議運などの会議も必ず“最後はまとまるのが自民党”が合い言葉になっている。そんな自民党が大きな支持母体である医師会と揉めることなどない」
確かに今はそうかもしれない。公的医療制度の導入を推進している米オバマ政権の力も強い。しかし、いずれはアメリカ国内の事情も変わってくる。米国で最もロビー活動が盛んなのは、医薬品企業と保険会社だ。いずれも多国籍企業で、多額の献金を行っている。保険会社と医療機関の問題はまた別の機会に書くとして、巨大な医薬品企業が、虎視眈々と日本という市場を狙っているのは周知の事実であり、こうした企業が日本国内市場でのパイ拡大を狙い、混合診療全面解禁の圧力を強めてくる可能性もある。
以前、筆者のインタビューで「TPP交渉は日米の2国間ではなく、日本vs.多国籍企業だ」と語った医師会会長の言葉が耳に残る。
(文=横田由美子/ジャーナリスト)