営業成績トップの28歳女性が突然、欠勤や遅刻…受診・休暇の拒否で被る甚大な損失
ある日、人事に連絡がありました。彼女の勤怠の不良が続いていると。彼女は大変真面目な性格で、いつも営業成績はトップクラス。体育会系マインドの28歳のハイスペック女子です。その彼女の欠勤や遅刻が最近、目立つようになったとのことで、彼女の上司から人事に連絡が来たのです。
そこで産業医面談実施。半泣きになりながらこう訴えてきました。
「最近眠れないのです。早く寝ないと次の日のプレゼンに響くからまずい、と思ってもなぜか眠れない日が続いています。昼間も眠いし、頭が働かなくて集中できない。気が付くと涙がこぼれているんです」
すでに抑うつ症状もあり専門医の受診を勧めました。ところが、「精神科は絶対嫌です」と。その日は40分ほどお話をして、といいますか、ひたすら話を聞いてあげながら、タイミングを見ながら、なんとか彼女を説得しました。しかし、後日、人事が受診の確認をすると、やはり受診はしたくないから行っていないとのこと。人事も手を焼いていました。
そもそも、なぜ受診を拒むのでしょうか。まず、自分はそんな病気になるわけがない、そんな病気になるなんて信じたくない。とはいえ、やはり病気なんじゃないかと、うすうす気づいていることがほとんど。だから余計に、病院に行って診断結果をもらうのが怖い、と漏らす人が多いのです。最近では、精神科を受診すると生命保険に加入できなくなるから嫌です、と言う方も(治療と保険に入ること、どっちらが自分にとって大切なのか、本末転倒なのですが)。また、なんとかこちらが受診を説得しても、家族や友達から薬漬けになるからやめたほうがいいと言われた、などと言って、やっぱり受診しないこともあるのです。また、自分に厳格なルールを課しているハイスペックな女子は、受診して医師に会社を休めと言われたら困ってしまう、とも言ってきます。
精神科が「心療内科」「メンタルクリニック」などという名称で呼ばれることが増えたせいか、以前に比べて受診に対する精神的な敷居は下がったとはいうものの、こんな理由で産業医としては説得に手を焼くことが依然として多いものです。もちろんすぐに受診してくださる方もいらっしゃるのですが、特にプライドが高く、負けず嫌い、責任感が強い人は難しいケースが多いと感じます。
「損得」を考えるべき
では、どうやって説得したらいいのでしょう。一般的には「いつまでも症状を抱えていてもつらいでしょ、だから早く受診しましょう」と言うのですが、ハイスペック女子にはこれが通用しません。そもそも女子は、月経痛を経験しているため痛みを我慢することに慣れていますので、特にバリバリ頑張る女子の心には「つらいから楽になりましょう」なんかは響きません。「頑張りますから」と泣きながらも、「仕事をやり抜かなきゃいけない」「誰も私の代わりができないのです」と言います。人事の方に聞くと「そこは会社がなんとかします」と言うのですが、本人はあくまでも自分しかいない、と信じ切っています。
そこでハイスペック女子を説得する方法として、ちょっと特有なやり方なのですが、私は「損得」を強調することにしています。すでに不調症状が出て、出社できない日や遅刻が増えている段階では、当然生産性は落ちているはずです。これをさらに放置すれば、どんどん生産性は低下し、不眠、抑うつなど不快症状が続き、次第に日中の仕事中の集中力低下、思考力低下をきたしミスがどんどん増えてくるものです。
そこでも何とか踏ん張ってみたものの「もう出社は無理」という状態になって休職に突入。その時にはどっぷり悪くなっていますから、自宅療養で仕事を少し休んでも、すぐに「気分爽快、元気」というわけにはいきません。大抵はしばらく、不眠や抑うつ感が続き、服薬と療養で枯渇したエネルギーを、もう一度、溜めていく必要があるのです。自分を痛めつけた結果なのです。
このレベルになると一般的には、3カ月以上は休職が必要になることもあります。その後になんとか復職しても、即以前の元気な自分に、というわけにはいかない方がほとんどです。
まずは生活リズムを整えるまで一苦労。さらに、勤務先の会社の広告を見ただけで動悸、吐き気が来る方も多く、会社の近くまで行く練習、さらには会社の前まで行く練習をし、慣らし運転をしてからようやく復職ができるのです。
復職してからは、徐々に負荷を戻します。復職後1カ月でまた限界に達し、再度休職に入る方も少なくないのですから、徐々に負荷を上げることを考え、以前のような仕事のペースに戻せるまで3~6カ月は見たほうがいいでしょう。
自分だけでなくチームの利益に
さて、ここまでくると長い道のりだということが、おわかりいただけたかと思います。そこで、ハイスペック女子にはこの長い道のりを説明した後に、こう言います。「たられば」となりますが、あの産業医面談で受診を勧められた時にちゃんと受診して、症状が戻っていれば、どれだけ個人やチームの生産性の低下を防げていたでしょう、とあとから思うかもしれませんよと。
よく「チームの人に迷惑がかかるから、遠慮して休まない」という声を聞きますが、行き過ぎた心身の疲労のケアを早めにしないことにより半年以上の月日があっという間に吹っ飛ぶことを考えたら、危ないなと思ったら早めに有給を取る、受診するというセルフケアが、自分だけでなくチームの利益にもなるのです。
ぜひ受診を迷っている方がいたら、1年後の自分が今の自分になんとアドバイスするか考えてみてください。本当の強さは鋼のような強さではなくて、しなやかな柳のようなものなのですから。
(文=矢島新子/産業医、ドクターズヘルスケア産業医事務所代表)