揺らぐ安全神話
今回の事件は大きな広がりを見せている。支持基盤に杭が届いていないにもかかわらず、まるで届いているかのような書類を偽装する工事のやり方は、旭化成建材の一現場責任者だけのものではなかった。会社ぐるみ、あるいは業界に蔓延している慣習であることさえ疑われている。
つまり、日本全国に杭が建築基準法で定められたN値50の支持基盤まで刺さっていない鉄筋コンクリート造の建物が、まだ無数にあるかもしれない、という疑惑が巻き起こった。すでにいくつかの建物では、それを確認すべくボーリング調査が行われているという。
建物の支持杭というのは、耐震性を満たすための基本である。最重要な部分であるといっても過言ではない。これが支持基盤に刺さっていないということは、建築基準法で定める耐震性が担保されていないということだ。
1981年の建築基準法改正で、ほぼ今と同水準の耐震基準が定められた。業界では「新耐震」と呼ばれている。その新耐震による基準とは「大地震がやってきても建物が倒壊しない」というもの。そのために「N値50の地盤に必要な数の杭を打ち込む」ことが定められているのだ。
その耐震性が得られていない建物が、あの横浜のマンションだけではなく全国にまだ多くあるとすればどうなるのか。
震度7以上の大地震がやってくると、新耐震の建物でも倒壊する可能性があるということだ。
ある意味、日本のマンションの安全性に対する神話は、大きく揺らいでいる。マンションで暮らしている方々は「もしやここも……」という不安に駆られているかもしれない。さらに、これからマンションを購入しようとしていた方にとっては、意欲を減退させる原因になっている。
かつて、姉歯事件というものがあった。あの時は、特殊な倫理観を持った一級建築士とあまりにも利益を優先した新興デベロッパーの組み合わせが起こした、「レアケースな欠陥マンション事件」というとらえ方が大勢だった。また、行政側もそのような世論の流れを導いたように推測できる。だから、あの事件後のマンション市場には「大手なら安心」という空気が広がった。
今回は、売主や元請けのゼネコンがいずれも財閥系。杭工事を施工した企業も、日本を代表するメーカー系。さらにいえば、昨年から大手財閥系のマンション施工不良事件が連続している。エンドユーザーは「何を信じていいかわからない」状態だろう。今回の事件は間違いなくマンション市場に冷水を浴びせている。