近親者に“おひとりさま”、こんな相続は二度とご免!生前に「相続人」が絶対やるべき備え
国立社会保障・人口問題研究所によると、2020年版「50歳時の未婚割合(2019年に「生涯未婚率」から表現が変更・統一)」は、男性23.4%、女性14.1%。おおむね男性4~5人に1人、女性6~7人に1人が未婚という計算だ。
この割合は今後も上昇する見込みで、内閣府の「少子化社会対策白書」によると、約20年後の2040年には男性29.5%、女性18.7%程度になると予測されている。
一生結婚しない男女が増えれば、子どもの数も減る。配偶者や子どものいない“おひとりさま”の相続が増えるのも当然だろう。ここ数年、「死後の手続き」に関する特集をよく見かけるが、親子あるいは配偶者間が前提となっているものが多い気がする。
今回のコラムでは、“おひとりさま”に万が一のことがあった場合の相続について。そして、近親者に“おひとりさま”がいて、相続人になった場合に備えておきたいことを整理してみよう。
突然、夫も子どももいない“おひとりさま”の面倒を見ることに…
都内の大手IT企業に勤務する小林美咲さん(仮名・56歳)は、数年前から、母の姉である伯母(92歳)の遠距離介護をしている。伯母は小林さんの実家がある四国に在住で、現在は介護施設に入所している。伯母の配偶者は10年以上前に他界。子どもはおらず、母とは2人姉妹だった。
小林さんの両親は健在だが、いずれも80代後半と高齢のため、伯母の面倒を見ることは難しい。最も近しい近親者で、世話ができるのは小林さんしかいなかった。その小林さん自身も、独身でひとりっ子。
「伯母には、子どもの頃から本当に可愛がってもらいました。それに、独身の私も、配偶者や子どもがいません。明日は我が身と思えば、放っておくことはできませんでした」と小林さんはため息をつく。
定期的に伯母や両親の様子を見に帰省していた小林さんだったが、今年は新型コロナウイルス感染症の影響で頻度が減ったという。とはいえ、伯母は、すでに認知症の症状が出始めている。まだ意思能力がはっきりしている内に、万が一の時に備えておきたいということで、ファイナンシャル・プランナーである筆者にご相談があった。
“おひとりさま”の相続はどうなる?
“おひとりさま”というが、相続に関していえば、そうでないことがほとんどだ。民法上、亡くなった人(被相続人)の財産を引き継ぐことのできる一定範囲の人を「相続人」という。被相続人に配偶者がいる場合は、その配偶者は常に相続人になり、血族関係者は次の優先順位にしたがって、相続人となる。
・第1順位:子(孫などの代襲相続人を含む)
・第2順位:直系尊属(父母、祖父母※など)
・第3順位:兄弟姉妹
※親等の異なる直系尊属がいる場合、親等の近い者だけが相続人となる(祖父母より父母が優先)
前掲の小林さんの事例では、すでに小林さんの祖父母(伯母の父母)は亡くなっており、伯母の姉である小林さんの母が唯一の相続人となる。なお、子や直系尊属、兄弟姉妹がいない(すでに死亡)の場合でも、兄弟姉妹に子どもがいれば、その子ども(甥や姪)が代わりに相続人となる。つまり、兄弟姉妹の子に代襲相続が発生する。
あるいは、父母が養子にした子や認知した子などがいれば、兄弟姉妹となり、“おひとりさま”ではなくなる。戸籍を確認して、はじめて自分に兄弟姉妹がいたと知るのは、ドラマの世界だけの話ではない。
逆に、相続上も“おひとりさま”となるのは以下のようなケースだ。
(1)生涯未婚、子どもがいない、両親は死亡、ひとりっ子である。
(2)被相続人に借金があったため相続人全員が相続放棄した。
(1)の場合、相続財産は、最終的に国庫(国が所有する資産)に帰属する。ただ、そうなるまでには、相続財産管理人の選任から、債権者・受遺者への公告など面倒な手続きが必要だし、時間もかかる。事前に相続人がいないのが明白なら、遺言書を作成して、お世話になった人に遺贈するなり、団体に寄付するなり。財産の行き先を決めておいたほうが後顧の憂いはなくなる。
“おひとりさま”の相続が大変な2つの理由
前述の小林さんのような相続人がいる“おひとりさま”の相続の場合、親の財産を子どもが相続するよりも面倒なことが多い。その理由として挙げたいのが次の2つだ。
(1)戸籍謄本の取得が大変
相続発生後、さまざまな手続きに必要になるのが「戸籍謄本」である。銀行で預金口座を解約するにも、マイホームの相続登記を行うのも、「亡くなった方が生まれた時から亡くなるまでの連続したすべての戸籍(戸籍謄本、除籍謄本など)を持ってきてください」と言われる。相続人が誰かということを第三者に証明するには、血縁関係や婚姻関係が記載されている戸籍謄本しかないからだ。
戸籍謄本は、いろいろな理由で書き換えられるが、その時点で効力のない事項は新しい戸籍には引き継がれない。そのため、古いものからすべて取り寄せ、自分たち以外の相続人が存在しないことを証明しなければならない。
さらに、亡くなった人に子や父母がなく、兄弟姉妹が相続人となる場合、亡くなった人の分だけでなく、父母の分の出生から死亡までのすべての戸籍謄本が必要となる。その時点で、すでに亡くなっている兄弟姉妹がいれば、その人の分も含まれる。
戸籍謄本自体は、自治体のホームページにある専用の申請書を提出すれば郵送などで取り寄せることができる。ただ、親族が疎遠になっていたり、関係があまり良くなかったりすると、現住所を知るだけでも大変な作業になるだろう。
このように、兄弟姉妹や代襲相続で姪・甥が相続人になる場合、「相続人の範囲」の確定だけでも一苦労なのだ。
なお、戸籍謄本は「相続で必要」と申し出れば、生前でも簡単に入手はできる。少なくとも、引っ越しなどで本籍地が移動した場合など、生前本人にすべて書き出しておいてもらえると、助かる遺族は多い。
(2)重要書類や相続財産の範囲
相続人の範囲が確定できたら、次は相続財産の範囲の確定だ。しかし、一緒に生活するなどでない限り、重要な書類をどこに保管しているか、取引のある金融機関はどこか、生命保険に加入しているか、保有財産にはどのようなものがあるかなど、兄弟姉妹や甥・姪が把握し、見つけ出すのは難しい。
プラスの財産がなく、借金などのマイナスの財産が多ければ相続放棄をすれば良いが、手続きのタイムリミットは3カ月。それまでに、すべて見つかるかどうか。
それ以前に、「年金の支給停止」や「健康保険」「介護保険」の資格喪失届は、死後14日以内に行わなければならない。とくに年金は、死亡とともに受給権も失う。届出が遅れて死後も年金を受け取り続けると、あとから返金を求められ、面倒な手続きが増える。
年金手帳などが見つからなければ、紛失したものとして手続きを進めることもできる。ただ、電話1本と郵送だけで手続き完了となるはずが、年金事務所まで足を運び、紛失した年金手帳が消費者金融で悪用される危険性もあるため警察に紛失届を提出する手間も増える。相続は、時間との闘いであり、手続きが煩雑になれば、その分、時間もかかってしまう。
“おひとりさま”の相続人になった場合、やっておきたいこと
そこで、近親者に“おひとりさま”がいて、自分が相続人になる可能性がある場合、被相続人側に、生前やっておいてもらいたいことは次の通り。
・遺言書の作成
財産の多寡にかかわらず、例えば、相続人が複数いるが、「介護や生活の面倒をみてくれた姪だけに全財産を残したい」などの場合、遺言書が有効となる。とくに、相続人が兄弟姉妹のみの場合、彼らには遺留分はない。遺留分とは、相続人が最低限の遺産を取得できる権利のこと。
もし遺言書などで自身の遺留分が侵害された場合、遺留分侵害額請求(旧「遺留分減殺請求」/2019年7月1日施行の改正)を行うことで遺産のうち一定の遺留分相当を取り返すことができる。だが、被相続人と関係性が薄いなどの理由から、兄弟姉妹には遺留分が認められていないのだ。
一般的に、兄弟姉妹や代襲相続人の姪・甥などが相続人の場合、被相続人や相続人間の関係が希薄になりがちで、遺産分割協議の成立まで長引いたり、もめたりしやすい。遺言書は重要なアイテムとなる。
なお、2020年7月から自筆証書遺言を法務局で保管してくれる制度がスタートした。これを利用すれば、検認が不要。遺言書を電子的記録として保存してくれるため、原本紛失や改ざんも防止できる。
・エンディングノートの作成・エンディングボックスの用意
本籍地をはじめ、被相続人自身の情報や契約、公的書類の番号や保管先、相続の対象となる資産の一覧、終末医療や葬儀に関する希望など、エンディングノートにまとめておいてもらうのが一番だ。また、重要な書類が保管してあるエンディングボックスを用意してもらうのもお勧めである。
自分の親以上に、きょうだいや姪・甥の立場だと、これらのことはなかなか聞きにくい。市販のエンディングノートなどを渡して、書いておいてもらうか、最低限聞いておきたい箇所に付箋を貼付して、わかりやすくするのも一手。とりわけ、銀行の通帳は情報の宝庫なので、「●●銀行××支店」という情報だけでも教えてもらうこと。
・財産の整理・名義変更
死後の遺産を引き継ぐ場合には、すべて名義変更が必要となる。不要な銀行口座やクレジットカード、契約は、生前すべて解約してもらうのがベスト。本人なら、カードや印鑑だけで手続きはすぐに済む。生前、名義変更するという手もあるが、「生前贈与」に該当するため、贈与税が発生する可能性もあるので注意したい。
・介護費用などを生前贈与
基本的に、相続が発生すると預金口座などは凍結して引き出せなくなる。ただし、2019年7月から、被相続人の預金口座からの仮払い制度が創設。1つの口座につき「死亡時の預貯金の額×法定相続分×1/3(上限150万円)」が葬儀費用などに利用できるようになっている。そのためにも、口座情報は重要なのだが、この手の手続きには、被相続人の出生から死亡までの戸籍謄本が必要になる。
葬儀費用だけでなく、生前の生活費や介護費用なども立て替える必要がありそうなら、その分の費用を、贈与税がかからない範囲で、生前贈与であらかじめ受け取っておいたほうが効率的かもしれない。
ただし、贈与した財産は、贈与を受けた方が自由に使っても良い。ちゃんと、自分の介護や葬儀の費用として使ってほしいなら、信頼の置ける人に贈与することだ。
自治体の「おくやみ窓口」なども活用
いずれにせよ、相続や死後の手続きは、一生のうち何回も経験するものではなく、知らないこと、わからないことも多い。知識不足や慣れていないため、手続の漏れや必要書類の不備によって、何度も自治体や金融機関などに足を運ぶのは、遺族にとってかなりの負担となる。
そこで、最近、住民の死亡に伴う手続きをワンストップで行う「おくやみ窓口」を設置する自治体が増えている。2016年5月に全国に先駆けで導入したのは大分県別府市。続いて、2017年11月には三重県松坂市、2018年7月には兵庫県三田市が「おくやみコーナー」を設置している。年金や保険、税金など多岐にわたる手続きにワンストップで対応することで、窓口でのたらい回しや手続き漏れを防ぎ、遺族の負担軽減を図るのが目的だ。
さらに、今年5月には、これらの自治体の窓口設置を後押しするため、政府が自治体向けに支援システム「おくやみコーナー設置自治体支援ナビ」を開発・作成。希望する自治体に提供を始めている。支援ナビを使って、質問を入力していけば、自分に必要な手続きがわかるという。
まだまだ支援ナビを導入している自治体は少ないようだが、親族の死後の手続きの大変さを経験した人なら、「絶対に利用したい!」と声を大にするサービスのはずだ。
(文=黒田尚子/ファイナンシャル・プランナー)