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「【小説】巨大新聞社の仮面を剥ぐ 呆れた幹部たちの生態<第2部>」第38回

かつては政治を動かした報道協会傘下の研究機関に、大手新聞社の“島流し”が横行

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「Thinkstock」より
 【前回までのあらすじ】
 見て見ぬふりをするのが “常識”の政治部記者のなか、業界最大手の大都新聞社の深井宣光は特別背任事件をスクープ、報道協会賞を受賞した。深井は、堕落しきった経営陣から“追い出し部屋”ならぬ“座敷牢”に左遷され、飼い殺し状態のまま定年を迎えた。今は嘱託として、日本報道協会傘下の日本ジャーナリズム研究所(ジャナ研)で平凡な日常を送っていた。そこへ匿名の1通の封書が届いた。ジャーナリズムと無縁な経営陣、ネット市場の急成長やリーマンショックにより広告が急減、部数減と危機的な現状に対し、ジャーナリストとしての再起を促す手紙だった。そしてその封書は、もう一人の首席研究員、吉須晃人にも届いていた。

 かつて、日本ジャーナリズム研究所(ジャナ研)にも輝いていた時代があった。終戦直後から70年安保闘争くらいまでの20年余りの時だ。

 ジャナ研は、日本報道協会の傘下にある研究機関である。報道協会は戦時中の大政翼賛報道への反省から終戦直後の昭和21(1946)年に新聞、通信、放送の報道に携わる企業が言論・報道の自由や表現の自由を守るために設立した社団法人で、ジャナ研はその理論武装をする組織として発足した。

 四半世紀前までは、ジャナ研の発行している季刊誌「ジャーナリスト」に掲載された論文が、政治を動かすようなこともあった。日本に民主主義を定着させる上で、それなりの役割を果たし、その研究員という肩書のステータスは高かった。

 役割が変調し始めたのは、日本がバブル経済に有頂天になっていた20年余り前からだ。そして、この10年で変質が加速した。報道協会が、いわゆる業界団体でもあるからだ。

 新聞は堕落すると、ジャーナリズムの初心を忘れ、「定価販売」の義務付けを認める再販(再販売価格維持)制度などの既得権益を守るための圧力団体でしかなくなる。その新聞業界傘下のジャナ研が、既得権益を守るための理論武装をする組織になり下がるのは自然の成り行きだった。

 ジャナ研のスタッフが権益を守るための理論構築し、政界などに自らの主張を訴えるパンフレットなどを作成したりする――。それが今の役割である。それ以外の時は開店休業状態で、誰も読まない季刊誌を出すというルーティンをこなすだけの組織なのだ。

 研究員は10名いる。季刊誌の編集に携わる研究員2名が生え抜きで、残りの8名は大都新聞社、日亜新聞社、国民新聞社の大手新聞社3社からの出向者2名ずつ計6名と、地方紙からの出向者2名である。

 長年、出向者は原則3年交代で、20歳代から40歳代までの働き盛りの記者が送り込まれていた。20年前までは、大手3社の記者たちの間でも、ステータスシンボルとしてだけでなく、キャリアパスのようにも捉えられ、自ら希望して出向する者がほとんどだった。役割の変質が加速し始めると、出向を希望するような記者は皆無になったのだが、そのブランドイメージだけはそれほど変わらずに今も残っている。つまり、会社がサラリーマン記者に不向きと“烙印”を押した者たちの不満を抑えて出向させるのに都合のよい組織になった。

 「日本ジャーナリズム研究所 研究員」という肩書の名刺を出せば、今でもそれなりに尊敬される。かつての名声の残滓が世間の記憶に残っているからだ。

●島流しをするのに都合の良い組織になり下がったジャナ研

 会社の中で疎外されていると感じ始めた者も、外に出れば心地よい気分になれる――。

 大手3社にとっては、そういう都合のよい出向先になったわけだが、5年前に大都と日亜の両社が慣行を破り、定年間近の50歳代半ばの記者を送り込んだ。経営陣や編集幹部にとって煙たい記者を送り込む“島流し”として利用するのが狙いだった。

 それが大都出身の深井宣光、日亜出身の吉須晃人の二人である。「首席研究員」という、もっともらしい肩書が与えられていたが、定年後の勤務先は有楽町にある資料室で、日比谷のジャナ研本体から分離された“隔離病棟”だ。仕事は季刊誌に年に1、2回コラムを書くことだけだった。

二人は、記者時代にはほとんど接点がなかったが、“隔離病棟”で席を同じくしてからは、時折、一杯飲むような仲になっていた。もっとも、吉須が資料室に顔を出すのは月に1、2回なので、一杯飲むのは2、3カ月に一度だった。しかも、吉須が昨年11月から南半球の世界一周旅行に出かけ、それからは顔を合わせることすらなかった。

●4ケ月ぶりの再会

 吉須が世界一周旅行に出かけて、4カ月近く経った2月末。二人のところに“差出人不明の手紙”が届いて7日目の月曜日である。その日は冬が舞い戻り、凍えるような晴天だった。約束通り、吉須は午後6時前に資料室に姿を現した。

 「よお! 久しぶり。舞(開高美舞)ちゃんはもう帰ったの?」

ジャンパー姿の吉須はどたどたと深井の後ろの席に進み、ショルダーバッグをわきに置きながら深井に声を掛けた。そして机の上の郵便物を脇に置き、パソコンを起動させた。
 「彼女はちょっと前に帰ったところですけど……。とにかくお帰りなさい、吉須さん」

 深井は椅子を回転させ、作業を続ける吉須の背中に向かって答えた。どちらかというと、ぞんざいな口のきき方をする深井だが、年齢も入社年次も1年上の吉須に対しては「さん」付け、敬語で応対するようにしていた。

 「まあいいさ。彼女にはこの間会ったからね」
 「本当に久しぶりです。去年の10月末以来ですね。吉須さんはいい身分ですから」
 「律義にここに来るのは君の趣味だろ」
 「僕はフルタイムですからね。アルバイト扱いの吉須さんとは違いますよ」
 「そんなこと言ってもさ、仕事をしないでカネをもらっているのに変わりないじゃないか。“気楽な稼業”いや“座敷牢”幽閉の身同士というべきかな」
 「それはそうですけど…」

 吉須はパソコンに向かい作業を続け、背中越しに深井に向かって話し、その背中に向かって深井が答える――。二人の奇妙な会話は続いた。
 「少し待ってくれるか。先々週の金曜日に一度来ているから、10分か15分で済む」