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松江哲明の経済ドキュメンタリー・サブカル・ウォッチ!【第43夜】

絵も描けないアーティスト・スプツニ子!は、なぜ月面にハイヒールで足跡を残せたのか?

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スプツニ子!(『情熱大陸』公式サイトより)
 ドキュメンタリー番組を日々ウォッチし続けている映画監督・松江哲明氏が、ドキュメンタリー作家の視点で“裏読み”レビューします。

【今回の番組】
 11月17日放送『情熱大陸~スプツニ子!』(TBS系)

 「できない」ということは武器になる。ただし、そのことをきちんと自覚していることが大切だ。

 スプツニ子! は絵が描けない。紙の真ん中からデッサンを始めるからイラストがはみ出してしまって、またやり直し。カメラの前で「これじゃ、プロダクトデザイナーに伝わらない」と笑いながら紙を捨て、また書き直す。

 彼女は自身の画力を「日本の美大全落ち」と語るが、現在はマサチューセッツ工科大で助教を務めるアーティストだ。この映像からはスプツニ子! が規定外であることが伝わってきた。

 そういえば、僕の知っている映画監督も絵コンテが描けない。撮影をよりスムーズに進めるため、カメラマンから「前日までに提出してくれ」と言われたが、彼の絵をスタッフが見た瞬間「もういいや、今まで通りで進めよう」と笑っていた。僕はメイキングでその様子を記録しながら、こういうスタッフがいる現場はいいな、と思った。そんなことを『情熱大陸』を見ながら思い出した。

●月面にハイヒールの足跡をつける

 今回の『情熱大陸』では、月面ローバー試作機「ムーンウォークマシーン、セレナの一歩」の製作過程を追う。月面にハイヒールの足跡を残すというアイデアを実現するためにNASAを訪れ、作品の構想を練るのだが、はしゃぎっぷりがすごかった。取材のために研究者たちに話を聞くのだが「宇宙のどこだって男が先に行くの」「私たちだって行きたい」と、まるで井戸端会議のような雰囲気で話し合い、笑う。

 だが一見「軽い」からこそ、指摘が突き刺さってきた。スプツニ子! は、理系やテクノロジーの分野に女性が少ないことを問題視する。新しいことを実行するにも男性が先で、女性の視点が無視されがちだ。マッチョな男のごっつい足跡ではなく、可愛らしいうさぎや、ハイヒールの足跡があってもいいではないか。科学者は「ハイヒールを履いて歩くのは難しい。飛び回ることしかできない」とアドバイスするが、現実には不可能でもアートとして表現することは可能だ。芸術とは単に作品そのものを指すのではなく、ちょっと先の未来や視点を示唆するものだと僕は思う。

 スプツニ子! の作品に「生理マシーン、タカシの場合」がある。男性でも生理の痛みが体感できるそれは、インターネットで映像作品が発表され、大きな議論になった。「もし男性も女性も生理になっていたら(生理の痛みは)解決している」と語るが、僕も同意だ。日本でバイアグラが認可されるのに半年しかかからなかったが、避妊用ピルには9年もかかった、という指摘は、いかにこの社会が男性中心なのかが実感させられる。

 例えば討論の最中に、ある女性の意見を誰かが「それは女性ならではだ」と言うことはよくある。だが僕には違和感がある。その人そのものを女性という枠で括ってしまうからだ。スプツニ子! もきっと自身の作品を「女性ならでは」と何度も指摘されてきただろうが、この国でそこに反応してても先へ進めない。

●「できない」からこそできることもある

 ムーンウォークマシーンは、スタッフの力を得て完成へと向かう。彼女は絵も描けないし、実際に組み立てることができるわけではない。しかし、ひらめきは彼女のオリジナル。車輪の後に続くハイヒールが一歩一歩と歩き出した時、「このハイヒールにとっては小さな一歩だけど、私たちにとっては大きな一歩だね」と宇宙飛行士ニール・アームストロングの言葉を借りていたが、「私たち」という主語がチームを代表している。

 一人では不可能でも、つなげる力とディレクションする力があればアートがつくれるのだ。このスタンスは、映画監督とそっくりだと思う。俳優が演技をし、カメラマンが撮影をし、作曲家が音楽をつくる。監督はそれらの仕事に対しOKかNGかを判断する。作品の指揮を執り、方向性を定めるのが監督の仕事だ。スプツニ子! のアートも、同じようにしてつくられていた。

 このスタンスはアートや映画だけでなく、さまざまな場で役に立つと僕は思う。先にも書いたように「できない」ことを知っているからこそ、人に任せるべきことがわかるのだ。ただ、そのためには、自分だけでなく「誰か」もワクワクするようなアイデアであることが重要だ。それを想像するだけで未来が楽しくなるような。確かに「ムーンウォークマシーン、セレナの一歩」には人を巻き込む力があった。

 できないことを言い訳にする人は多いけれど、できないからこそ創造を形にするアーティストだっているのだ。
(文=松江哲明/映画監督)