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小林敬幸「ビジネスのホント」

何が公共事業を破壊するのか?政治による予算増減が、深刻な非効率性と職能労働者不足を招く

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「Thinkstock」より
 いまや公共事業は、経済政策の4番バッターではなく2番バッターである。従来の日本では、公共事業は経済政策の目玉であり、野球の打順でいうと4番バッターだった。公共事業は時の政権にとって、高度成長、オリンピック景気、日本列島改造論などにおいて千両役者であった。また、1985年のプラザ合意によりもたらされたバブルとその崩壊後も、政府は内需拡大の切り札としてすがるように予算の大盤振る舞いを行った。

 ところが21世紀に入り、小泉純一郎政権から公共事業を一旦急減させた後、2011年の東日本大震災以降は一転して、災害復興、国土強靭化、成長戦略の名目で増加している。

『ビジネスの先が読めない時代に 自分の頭で判断する技術』(小林敬幸/KADOKAWA/角川書店
 このように、公共事業は戦後から90年代後半まで経済政策の中心であり続けた。しかし、21世紀に入ってからは、短期間に急減と反転増加を起こしている。社会における公共事業の位置づけが、列島改造的発想から小泉改革の発想まで、政権のスタンスによって大きく揺れ動いているからだ。

 成熟した日本経済においては、その揺れ動くことこそが公共事業を不効率にしてしまう、やってはいけないことである。公共事業の重要性と位置づけを正しく行って国民のコンセンサス(合意)を形成しなければ、いつまでもアップダウンを繰り返し、不効率で無駄な公共事業が続いてしまう。

 公共事業によるインフラ整備が社会にとって重要なのは間違いない。経済全体の生産性向上を支え、国民の暮らしの利便性向上に直結するものだ。しかし、インフラというものはもともと派手なものではなく、地道に継続的に整備して、華やかな個別産業の成長の土台となって下支えするものだ。その意味で、野球でいうと打順をつなげるいぶし銀の2番バッターのような貴重なものと考えたほうがいいだろう。その公共事業の位置づけの合意をつくるためにも、いくつかの誤解を正しておこう。

(1)民間工事と公共工事は違う


 アベノミクスの一つの矢である財政政策で公共工事が増えたことにより、人手が不足し民間工事ができず、かえって成長を阻害しているという批判がある。公共事業が民間の建設と投資をクラウディングアウトしているという論である。

 しかし、事実は違う。なんといっても、公共工事の9割が道路・河川の土木工事であり、民間工事の8割以上は建築工事であって、まったく別の分野だからだ。土木と建築では労働者の技術、経験、資格がまったく異なり、相互に流動性はない。建築の職人が次の日から土木工事に参加するということはない。こんなことは、居酒屋で隣に座った職人さんにちょっと聞いてみればすぐわかる事実だ。筆者が尋ねた長年道路工事を監督してきた人も、「全然別の職人。両方できるのはコンクリートの配筋工くらい」と教えてくれた。