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江川紹子の「事件ウオッチ」第42回

元オウム菊地直子被告、逆転無罪判決 捜査当局の強引な起訴とメディアの誇大報道を検証

文=江川紹子/ジャーナリスト
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元オウム菊地直子被告、逆転無罪判決 捜査当局の強引な起訴とメディアの誇大報道を検証の画像1元オウム真理教信者・菊地直子被告への逆転無罪判決に、波紋が広がったが……。(画像は、YouTube「ANNnewsCH」より)

 東京高等裁判所の菊地直子被告への逆転無罪判決は、巷間かなりの驚きを持って受け止められたようだ。

 有罪率が99%を超える日本の刑事司法にあっては、ただでさえ無罪が少ないうえ、一審有罪となった被告人が控訴審で逆転無罪となる道は、さらに厳しい。オウム事件では、起訴された教団関係者が192人に上るが、無罪判決は2人目。しかも、彼女は長年地下鉄サリン事件の犯人として特別手配されていた人物である。

「菊地被告は麻原の側近中の側近」という事実無根

 事情を知らない人が、判決を意外に思ったとしても不思議ではない。けれども、いくつかの報道・情報番組の司会者やコメンテーターが、「亡くなった方、後遺症に苦しむ方がたくさんいらっしゃるのに……」などとして、不満を露わにしていたのには違和感を覚えた。

 オウム真理教がいくつもの凶悪犯罪を引き起こし、多くの人を殺傷したのは事実であり、これはいつまでたっても許されるべきことではない。だが、刑事裁判は起訴された事実について、被告人個人の責任を判断する。そして菊地被告は、地下鉄サリン事件などの大量無差別殺人にかかわったわけではない。

 産経新聞電子版でも、判決に憤る「元捜査関係者」の言葉として、「菊地元信者は麻原彰晃死刑囚の側近中の側近で、女性信者の頂点にいたとされる。計画を知り得る立場にいたことは推認できる」などと書いていて、びっくりした。新聞がこんな嘘を書いてはいけない。

 教祖の周りには、妻や娘のほか複数の女性古参幹部がおり、お気に入りの若い女性信者もいた。その中から少なくとも3人の女性に、6人の子どもを産ませている。これ以外にも、好みの若い女性を「ダーキニー」と呼び、宗教行為と称して性行為の相手をさせた。信者には恋愛を禁じておきながら、教祖自身は性的に実に放縦であった。

 だが菊地被告は、そうした特別な女性たちとは違い、教団PRのために出場するマラソンの練習に明け暮れたり、土谷正実死刑囚の下で化学実験の下働きをしたりする立場だった。一連の事件で起訴された教団関係者の中では、末端信者の部類といえるだろう。20年前、大物幹部らが続々逮捕されていた時期に捕まっていれば、メディアに名前が大きく載ることもなく、刑事責任を問われるのは麻酔薬の密造に関する薬事法違反くらいで済んだのではないか。

 事件から20年もたち、当時のオウムの実態や事件の詳細については多くの人が忘れ、若い人たちはほとんど知らない。そうした点を整理しつつ、菊地被告は何を裁かれ、何が争点となり、どうして無罪となったのかを、視聴者や読者に冷静に、そして正確に伝えることが、本来マスメディアの役割のはずだ。

「罪の認識があったから逃げた」のか?

 それはともかく、多くの人々が釈然としない気持ちになったのは、17年間も逃走を続けていたのに無罪になってしまっていいのか、という点のようだ。事件の被害者の内海正彰さんも、「長年逃亡生活を続けており、罪の意識は十分持っていたはずです。無罪の判決は、その事実を法廷という場でしっかりと立証できなかったということで、誠に残念なこと」とコメントしている。

江川紹子/ジャーナリスト

江川紹子/ジャーナリスト

東京都出身。神奈川新聞社会部記者を経て、フリーランスに。著書に『魂の虜囚 オウム事件はなぜ起きたか』『人を助ける仕事』『勇気ってなんだろう』ほか。『「歴史認識」とは何か - 対立の構図を超えて』(著者・大沼保昭)では聞き手を務めている。クラシック音楽への造詣も深い。


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