NEW
江川紹子の「事件ウオッチ」第75回

「共謀罪があったらサリン事件は防げた」は大間違い!実効性に疑問の共謀罪の狙いは?

【この記事のキーワード】

, , ,

  • このエントリーをはてなブックマークに追加
本当に「共謀罪があったらサリン事件は防げた」のか?(写真は事件直後の教団施設外観)

 政府は、「共謀罪」の趣旨を盛り込んだ「テロ等準備罪」を新たに設ける、組織犯罪処罰法の改正案を閣議決定した。

 一般人にも適用され、思想信条の自由を脅かすのではないか、という懸念から、「共謀罪」は過去に3度も廃案に追い込まれてきた。そのため、今回は対象を「テロリズム集団その他の組織的犯罪集団」とするなど、「テロ防止」を前面に打ち出すことで、国民の理解を得ようとしているらしい。

共謀罪があったらサリン事件は防げた?

 ただ、「その他」にどこまで含まれるのかがよくわからない。沖縄で反基地運動を繰り広げている人たちを、「テロリスト」などと呼んだテレビ番組もある。このような市民運動や労働組合の活動、あるいは節税対策を行う企業などが、将来的に取り締まりや捜査の対象となることはないのだろうか。

 そして、もうひとつ根本的な疑問がある。それは、本当にこれがテロ対策になるのだろうか、という問いである。

 日本で起きた大規模なテロといえば、地下鉄サリン事件が挙げられるが、最近、「『共謀罪』があったら、地下鉄サリン事件は防げた」という言説を、ネット上で何度も見た。だが、それはとんでもない勘違いだ。

 オウムは、地下鉄サリン事件を引き起こす前に、すでに多くの犯罪を犯していた。共謀罪がなければ罰せない計画や謀議の段階ではなく、殺人や営利目的略取・誘拐罪、住居侵入などを現に行い、それに関する情報は警察にも寄せられていた。ところが、1990年に国土法違反などで捜査を行った熊本県警以外、警察はそれを生かすことはなかった。

 89年に発生した坂本堤弁護士一家事件では、神奈川県警の初動が極めて鈍かった。捜査の指揮をとる刑事部長が、一家が自発的に失踪したという自説にこだわり、「『事件だ、事件だ』と言っている弁護士たちは、今に恥をかくぞ」などと公言したこともあった。家族から警察に届けた時点では、オウムの実行犯らは、まだ遺体を山中に埋める作業をしていて、当時、静岡県富士宮市にあった教団本部に戻ってきていなかった。この時に本格的な捜査に取りかかっていれば……と残念でならない。

 その後も、警察がもたもたしている間に、首謀者の麻原彰晃こと松本智津夫らと実行犯はドイツに向けて出国し、実行犯の指の指紋消去を試みるという罪証隠滅工作を行っている。

 翌年は、実行犯の1人である岡崎一明が金を持ち逃げして教団から離脱した。その金を取り返されるや、岡崎は坂本弁護士の長男龍彦ちゃん(当時1歳)の遺体を埋めた長野県大町市の現場の地図を警察などに送り付けるなどして、麻原から金を脅し取った。神奈川県警は、地図の送り主が岡崎であることまでは突き止めたが、地図の場所はおざなりの捜索で済ませ、遺体が見つからなかったこともあり、岡崎に事実を語らせることはできなかった。

 94年3月に宮崎県の旅館経営者がオウムのメンバーによって拉致され、東京都内の教団の医療施設に監禁された事件では、宮崎県警も警視庁も消極的で、被害者家族の目には両者が押し付け合いをしているように映る状況だった。

 95年1月に、信者の親たちでつくる「オウム真理教被害者の会」(現「家族の会」)の永岡弘行会長が、オウムにVXをかけられて瀕死の重傷を負った。これも、警視庁は永岡さんが自殺を図ったものとみて、まともに取り合わなかった。

 警察の手が及ばないのをいいことに、オウムはますます大胆になり、95年2月28日には、多くの人がいる路上で目黒公証役場事務長だった假谷清志さんをむりやり車に押し込んで拉致する事件を起こした。これで初めて警視庁が動き、強制捜査の準備をしたが間に合わず、地下鉄サリン事件を引き起こされてしまったのだ。

「共謀罪があったらサリン事件は防げた」は大間違い!実効性に疑問の共謀罪の狙いは?のページです。ビジネスジャーナルは、連載、オウム真理教共謀罪地下鉄サリン事件江川紹子の最新ニュースをビジネスパーソン向けにいち早くお届けします。ビジネスの本音に迫るならビジネスジャーナルへ!