ここに掲載した写真は、数日前からヤクザ業界やメディアの間で一気に広まった任俠団体山口組の組織図(役職リスト)だ。そして、これを見た多くの人が驚いた。これまでのヤクザ社会のそれとは大きく異なるものであったからだ。
例えば、「国防隊長」「治安維持隊長」「情報戦略局長」などが幹部の肩書として書かれている。筆者はこれまでさまざまなヤクザ社会における組織図を目の当たりにしてきたが、このような役職を見たことはなかった。
「暴排条例(暴力団排除条例)を意識して、暴力団のイメージと離れた役職をつけることで印象を良くしたいのか、それとも本気で国防や治安維持を担うことを目指しているのか。役職だけを見ていると、右翼的団体に近い印象が強い。しかも、警備隊長は聞いたことあるが、警護隊長まである。その違いもわかりにくい」
あるヤクザ業界関係者も、こんな感想をもらしつつ首を傾げる。後述するが、任侠団体山口組が、国防や治安維持にこだわりを持っていることがここからうかがえる。
それでは、この人事のなかで特に注目される人物は誰なのか。神戸山口組系列幹部に話を聞いてみた。
「肩書はさておき、神戸山口組分裂の前からその能力、実力に定評があるのは今回、本部長補佐となっている山健連合会の金澤成樹会長だろう。金澤会長は、これまで率いていた三代目竹内組を宮下聡副組長に譲り、山健連合会の会長職に就任した、織田代表の懐刀といわれる人物。竹内組自体が武闘派として鳴らしていただけに、関係者の間でも注目を集めている」(業界関係者)
この関係者によれば、そのほかにもかつて金澤会長の下で三代目竹内組副組長を務めた浅野敏春・浅野会会長も任俠団体山口組の直参に昇格を果たしている点に注目。四代目竹内組組長となった宮下組長も直参となっていることから、任俠団体山口組内での金澤会長の影響力の大きさを物語っていると見ている。
一方、任俠団体山口組の内情を知る六代目山口組系組長は、「直参」となっている幹部が多いことに目を向け、冷ややかにこう話す。
「プラチナ(直参)の代紋というのは、我々、山口組という菱の代紋で生きる者たちにとって、いわば憧れであったはず。それなのに、組員が一人や二人しかいない親方にまで、プラチナの代紋を付けさせる意味が本当にあるのか。組織的な思想や活動内容に興味はないが、役職云々以前に、プラチナの代紋の値打ちを下げることはよくないのではないか」
二次団体のトップがつける菱形のプラチナの代紋に重い価値を置いてきたのがこれまでの山口組だが、山口組を名乗る団体がその価値を低下させているのではないかという厳しい見方をしているのだ。
「民間国防隊」への布石か
このように、組織図ひとつに対しても、さまざまな意見が飛び交っているが、新しい試みを実践する際、その業界に長く身を置いてきた人々が批判的な反応を示すのが世の常ではある。そういった意味合いも含めて、ヤクザ社会では画期的ともいえる肩書を用いたこの組織図こそが、任俠団体山口組が標榜する新たな志に向けた布石ではないだろうか。
その志とは何か。5月8日発売の「週刊現代」(講談社)に掲載された、作家・溝口敦氏によるインタビューで、任俠団体山口組の織田絆誠代表が答えていた、いわゆる「脱反社(反社会的勢力)」を実現することであろう。このインタビューで織田代表は、自分たちが、治安維持やオレオレ詐欺の撲滅、テロ対策などの面で社会的役割を担う「民間国防隊」になることを目標に掲げている。そのために、六代目山口組や神戸山口組とは異なる組織体系や運営方法、役職などをつくり出し、社会との接点を持ち、国民に求められる組織になることを考えているのかもしれない。
では、この組織図を見て、警察当局はどのような見解を示してみせるのか。「暴力団が何をしようが、しょせんは暴力団」「民間国防隊は、実態を隠し、生き残るための単なるポーズだろう」などと切り捨ててしまうのか。当局の理解が得られぬまま、民間国防隊を意識し、それを実践しようとしても、大きな困難が待ち構えていることは、織田代表も十分に承知しているだろう。
また織田代表は「週刊現代」のインタビューの中で「救命ボート的な船(筆者註:「任俠団体山口組」を指す)を置くことによって、二つの船(神戸山口組と六代目山口組)から、乗り移ってもらう」とも話している。これまでの「山口組」にはない組織構成が、2つの山口組にどんな影響を与えていくのか。組織図が発表されただけの現時点では予想することすら困難だ。
(文=沖田臥竜/作家)