現在、分裂騒動の最中にある神戸山口組。その中核団体が山健組だ。さらに山健組二次団体の「保守本流」といえば、五代目山口組・渡辺芳則組長を初代に持つ健竜会に他ならない。神戸山口組・井上邦雄組長も健竜会出身である。その五代目健竜会・中田広志会長が、任俠団体山口組結成後のこのタイミングで、四代目山健組若頭に就任したことが明らかになった。
保守本流の伝統を受け継ぐ中田会長とは、どういう人物なのか。筆者は以前、中田会長のことを、山健組内では、任俠団体山口組・織田絆誠代表と双璧をなす実力であると書いた。著者が知り得る限りでは、六代目山口組分裂以前の段階で、プラチナ(直参)へと昇格し、執行部に名を連ねていても、なんら不思議のないほどの実力者であるという印象が強いのだ。
中田会長も織田絆誠代表と同じく、十代の頃は和歌山県内の暴走族として伝説的存在であったと当時を知る関係者は語っている。そんな中田会長の最大の特長といえるのは、徳島刑務所で自身が長期刑に服役していた経験からだろうか、拘禁生活を余儀なくさせられている組員をとにかく大事にすることだ。
「懲役の励みは、なんといってもシャバからの声(手紙や面会など)。シャバにいる時は内心、誰だって当番(泊まりこんで24時間事務所内の雑務をこなすなど)や事務所の用事ごと(組織運営に対する業務などで身体をとられることなど)を頼まれるのは嫌なもんや。なもんで、極力、そういった場所(事務所)を何もない日は避けたいのが実は本音。だが、それが塀の中になると、勝手なもんで事務所の用事だってしたくなるし、組長や事務所の人間からの声が何よりの励みとなるんや」
某組織のベテラン幹部はこう口にするのだが、著者自身を振り返ってみても、そういった思いは確かにある。同幹部が続ける。
「組の人間からの面会や手紙は、待っとるか待ってへんかわからん嫁はんや彼女の存在なんかよりも、ありがたいもんや。懲役行っていた人間だって、そんな思いはシャバに出た途端に普通は忘れてしまうもんなんやが、中田会長は違う。懲役のつらさを経験上知ってはるからこそ、自分が盃を下ろした若者には、毎日ハガキを書いてシャバからエールを送ってはるんや。毎日やで。マネができることやない」
著者も服役中に、健竜会の直参幹部が、中田会長から毎日のようにハガキが届けられることを誇らしげに口にしていたところに遭遇したことがあり、聞かされる側も皆、「さすがは健竜会の当代をとられる人や」と感心していたほどであった。
金やカタチ(物品)を与えるだけではなく、若い衆の気持ちを一番に考えることができるのが五代目健竜会・中田会長なのだ。そんな人心掌握に長けた人物が四代目山健組の若頭に就任し、神戸山口組においてもその影響力が増すことになる。このことは、神戸山口組からの織田代表の離脱、そして分裂の痛手を補うだけの効力が十分にあるといえるのではないだろうか。
任俠団体山口組の有力団体の異変
そして、筆者の地元である尼崎には、任俠団体山口組の結成式を行った古川組事務所もあるが、そこでも新たなる動きが生まれたといわれている。
現在、古川組では、二代目古川恵一組長が引退することなく神戸山口組幹部の要職を務めるなかで、三代目古川組が結成され、任俠団体山口組に加入するという歪な状況が続いている。そんななか、三代目古川組傘下で、初代古川組時代からの屈指の組織といわれる有力団体が、任俠団体山口組を離脱し、神戸山口組の二代目古川組に移籍したというのだ。このトップは、任俠団体山口組では、結成時から本部長補佐だったといわれているほどの実力者である。
つまり、神戸山口組には二代目古川組が、任俠団体山口組では三代目古川組が誕生し、敵対する関係性のなかで2つの古川組が並存することになったのだ。それを危惧してか、5月28日の予定されている任俠団体山口組の定例会を尼崎で行うのではないかという噂が流れている。
神戸山口組屈指の有力団体の事務所を本部に始動し始めたといわれる二代目古川組。対して、結成式に使用した本部を拠点に、任俠団体山口組の中核団体のひとつとして活動する三代目古川組。尼崎にまたしても視線が集まるのだろうか。
そのほか、任俠団体山口組系下部組織から神戸山口組に舞い戻るところが次々と出ているとの話が飛び交い、すでに四代目山健組の直参組織という厚遇で神戸山口組に復帰した組織まであるという。また、5月18日には神戸市三宮で、神戸山口組系組織と任俠団体山口組系組織との間で一触即発の事態が起き、兵庫県警がすぐさま駆けつけるほどの事件が起きたという噂まで流れている。神戸山口組分裂後、表面上は双方静かな立ち上がりと見えなくもないが、その裏側では熾烈な攻防が繰り広げられているのだ。
(文=沖田臥竜/作家)
●沖田臥竜(おきた・がりょう)
2014年、アウトローだった自らの経験をもとに物書きとして活動を始め、『山口組分裂「六神抗」』365日の全内幕』(宝島社)などに寄稿。以降、テレビ、雑誌などで、山口組関連や反社会的勢力が関係したニュースなどのコメンテーターとして解説することも多い。著書に『生野が生んだスーパースター 文政』『2年目の再分裂 「任侠団体山口組」の野望』(共にサイゾー)など。最新刊は、元山口組顧問弁護士・山之内幸夫氏との共著『山口組の「光と影」』(サイゾー)。