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サリンはいかにして撒かれたか 「オウム」を描いたバンド・デシネが手塚賞最終候補に

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※画像:『MATSUMOTO』(フィリップ・ニクルー画、原正人訳、G-NOVELS刊)

 1995年3月20日午前8時頃。

 帝都高速度交通営団(現・東京メトロ)、丸ノ内線、日比谷線、千代田線の車内で、強い毒性を持つ神経ガス「サリン」が散布され、駅員、乗客ら13人が死亡。実に6,000人以上が負傷した。

 日本の犯罪史に残る、化学兵器を使った同時多発テロ「地下鉄サリン事件」から23年が経とうとしている。あまりにも凄惨でセンセーショナルなこの事件は、「オウム真理教」を巡る一連の騒動のある種の臨界点となった。この二日後、警視庁はオウム真理教への強制捜査に踏み切り、5月16日に首謀者として教祖の麻原彰晃を逮捕した。

■フランス人ジャーナリストが挑んだ「松本サリン事件」の真実

 「地下鉄サリン事件」を、オウム真理教の設立と成長、そしてテロリズムを抱いた危険な集団への変遷の帰結だとするならば、フランスのジャーナリスト、LF・ボレ原作のバンド・デシネ『MATSUMOTO』(フィリップ・ニクルー画、原正人訳、G-NOVELS刊)に描かれているのは、その「伏線」だ。地下鉄サリン事件の約一年前、1994年6月27日に起きていたもう一つのテロ「松本サリン事件」である。

 松本での事件からさらにさかのぼること395日。1993年5月のある日、場面は現地ガイドの運転する車でオーストラリアの荒野を走る、一人の日本人男性を描き出す。彼の肩書は「教団科学部門最高執行責任者」。具体的な言及はないが、風貌は教団の幹部でサリンの製造にかかわった村井秀夫氏(1995年に刺殺)を思わせる。

 教団は人里離れたその土地を買い上げ、研究所らしき施設を建設していた。男性はその視察に訪れたのだ。

 それから数か月後、その施設の近隣に偶然立ち入った現地の少年が、防護服を着た数人の男たちと、おびただしい数の羊の死骸を見る。そして親のもとに戻ってすぐ、少年に神経毒の症状があらわれる。

 一方、日本では「神から下った旋律」として教祖の麻原が口ずさんだ歌を『ビートルズの「イエスタデイ」じゃないか』と指摘した新入信者の男が、教祖の音楽的才能を疑った罰として信者らに洗脳教化され、教団の計画するサリン散布計画の実行部隊に仕立て上げられてしまう。

 「395日前」からはじまり「188日前」「63日前」「9日前」「4日前」「1日前」。カウントダウンするように物語は進む。

 サリンが本格的に製造され、その効果の実験として長野県松本市が選ばれる。松本は当時教団が道場用地の取得を巡って地元住民と争っていた場所である。犯行計画が練られ、実行部隊が選抜される。並行するように松本市民のごくごく平和な日常が描かれ、カウントは「0」になる。

 そして、「松本サリン事件」から数えた「地下鉄サリン事件」へのカウントアップが始まる。「1日後」「2日後」「45日後」…教団は犯行の隠ぺいのために実行犯らの指紋を医療用メスで指の肉ごと深々と切り取る……。

――これは事実を基にしてクリエイトした<物語>です。しかし、ドキュメンタリーだと受け止められることも全然問題ない。

 LF・ボレ氏が語るように、作中の描写の多くは事件に関する資料から汲み上げた事実に即している。しかし、実行犯や犯行計画者、被害者、被害者の家族らの視点から事件を描くことで、その異様さや凶悪さが歳月を越え、あらためて生々しく感じられる。

 第22回手塚治虫文化賞マンガ大賞(朝日新聞社主催)の最終候補にエントリーされているこの作品。読後感は爽快なものではないが、作中に垂れ込める不穏な雰囲気と教団の不気味な存在感がいつまでも胸に残る。
(新刊JP編集部)

※本記事は、「新刊JP」より提供されたものです。

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