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三浦展「繁華街の昔を歩く」

温泉リゾート地だった東京・荒川区

文=三浦展/カルチャースタディーズ研究所代表
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温泉リゾート尾久

 大正から昭和にかけての荒川区は一種の温泉リゾート地だった。始まりは「寺の湯」。1914年(大正3年)に尾久・宮ノ前の碩運寺住職の松岡大機が、尾久村一帯の水が焼酎の製造に適すると考えて、衛生試験場に依頼して水質検査をしてもらったところ、ラジウムが含まれていることが判明したため、温泉を開くことにしたのである。その「寺の湯」が人気を得て、のちに新築され「不老閣」と名を変えた。その後、宮ノ前には保生館、大河亭、小泉園などの料亭付き温泉旅館が開業。尾久は温泉街のようになった。

 しかし、温泉と料理はあるが女性がいないということで、1922年、芸妓屋と料理屋からなる二業組合の指定を警視庁から受け、その後、待合茶屋も加えた三業地となった。

 その尾久三業地の旅館・満佐喜で二・二六事件と同じ1936年の5月20日に発生し、日本中の話題をさらったのが阿部定事件だった。芸者の女が惚れた男の局所を切って逃走したという事件である。男は死亡し、男の左大腿部には「定吉二人」、左腕に「定」という字を斬り、敷布にも「定吉二人きり」と血で書かれていたという極めて猟奇的な事件である。

 阿部定は神田の生まれ。少女時代に慶應義塾大学の学生に強姦されて以来、性の道に走るようになったという。吉蔵は中野区新井の三業地で料亭を経営する主人。阿部定が新井にいたときに知り合い、惚れ合った。尾久が三業地をつくるときに参考のために視察に行ったのが新井の三業地だったというのだから、話ができすぎだ。

温泉リゾート地だった東京・荒川区の画像1
温泉リゾート地だった東京・荒川区の画像2三業地時代の名残が建物に残っている

タクシーを乗りまわした阿部定

 
 ところで、この事件を映画化した大島渚の『愛のコリーダ』では、定と吉蔵は人力車で移動する。しかしこれは間違い。本当は2人はタクシーを乗り回していた。1936年当時はもう人力車は廃れており、「円タク」という1円で東京市内ならどこにでも行けるタクシーが普及していたのだ。

 統計によると、1886年、東京府内には4万4348人の車夫(人力車を引っ張る者)がいたが、1931年にはたった1358人に減っている。対して自動車の台数は全国で16年には1284台だったが、31年には6万2419台に増えている。ちょうど車夫の数と反比例しているのだ(齊藤俊彦『人力車の研究』三樹書房)。もちろん大島監督がそれを知らないはずはなく、それでも人力車を使ったのは、おそらく情緒を演出するためだったのだろう。

温泉リゾート地だった東京・荒川区の画像3昔の尾久 映画館や料亭が集まっていた

遊園地と映画館

 
 また、荒川区の娯楽施設といえば、あらかわ遊園を忘れることはできない。ここは江戸時代には大きな武家屋敷であり、荒川の水を引き入れた池を中心とした回遊式汐入の庭園があったといわれている。それが明治時代に煉瓦工場となったが火事で焼失。工場の所有者だった広岡勘兵衛は有志数名とともに遊園の創設を企画し、王子電気軌道社長の金光庸夫の援助を得つつ、荒川遊園を開業した。

 また尾久には1922年に万歳館という映画館ができている。荒川区全体でも戦前、たくさんの映画館や寄席があったそうだ。増え続ける人口のために、娯楽への需要も拡大したのだろう。

 映画館では1921年に第一金美館ができたのが最初らしい。付近は開館前まで田圃だったのが、開館後は一気に住宅地化したという。

三浦展/カルチャースタディーズ研究所代表

三浦展/カルチャースタディーズ研究所代表

82年 一橋大学社会学部卒業。(株)パルコ入社。マーケティング情報誌『アクロス』編集室勤務。
86年 同誌編集長。
90年 三菱総合研究所入社。
99年 「カルチャースタディーズ研究所」設立。
消費社会、家族、若者、階層、都市などの研究を踏まえ、新しい時代を予測し、社会デザインを提案している。
著書に、80万部のベストセラー『下流社会』のほか、主著として『第四の消費』『家族と幸福の戦後史』『ファスト風土化する日本』がある。
その他、近著として『データでわかる2030年の日本』『日本人はこれから何を買うのか?』『東京は郊外から消えていく!』『富裕層の財布』『日本の地価が3分の1になる!』『東京郊外の生存競争が始まった』『中高年シングルが日本を動かす』など多数。
カルチャースタディーズ研究所

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