「紀州のドン・ファン」の異名を持つ、和歌山の資産家・野崎幸助さんの死から約1カ月が経過した。遺体から覚せい剤が検出され、何者かによる混入が疑われている。野崎さんの死の直前に急死した愛犬も覚せい剤による殺害が疑われていたが、検証の結果、犬の体内から覚せい剤は検出されなかったことから、さらに迷宮入りの様相を呈している。
そもそも、覚せい剤はたやすく入手できるものなのだろうか。
自身も過去に覚せい剤を使用し、売人として活動していたというO氏に聞くと、「都心だけでなく、地方にも入手ルートはある」という。O氏は都内のクラブで勧められたことをきっかけに覚せい剤に手を染めた。
「当時は20歳前後で、タバコや酒の延長線上のような感覚で手を出したんだ。毎週のように同じ奴から買っていたら、『売りもやると儲かる』と声をかけられて、売人を始めた。月に30万円前後は稼いでいたな。俺が仕入れていた相手は普通のサラリーマンだったけど、大元は暴力団がからんでいると聞いた。
これを、クラブで欲しがっている奴を中心に売りさばくんだけど、地方からわざわざ買いに来る奴もいて、そいつがまとめ買いすることもあった。『地元でこれを売る』と言っていた」(O氏)
当時、覚せい剤0.1gを約1万円で売っていたという。その何割がバックされるかは明かさなかったが、月収30万円ということから相当な量を売りさばいていたと推測される。“顧客”には、電話番号など足がつく情報は教えないが、同じ日の同じ時間に同じ場所にいることで、そこにいけば買えるような環境をつくり、常連には安く売るなどの工夫もしていたそうだ。
地方の場合は、都内で覚せい剤を仕入れるだけでなく、その土地の暴力団関係者が関与しているケースも多い。そこから何人かの売人を通して、いわゆるチンピラ的な輩がユーザーへ渡す。地方の暴力団は地元の有力者とつながっていることもあり、彼らに直接売ることもあるというが、なぜ社会的地位のある人間が覚せい剤に手を出してしまうのか。
「それはもちろん、薬物を使いながらの性行為だ。快感が全然違うし、直接塗るとさらに気持ちいいんだよ。覚せい剤でラリっちゃう感覚はやめることができたけど、今でもあの気持ちよさは忘れられないね。あの人(紀州のドン・ファン)がやっていたかどうかはわからないけど、金で若い女を買って変態的なプレイを楽しんでいるお偉いさんは結構いたよ」(同)
O氏はその後、覚せい剤以外の犯罪にも手を出し、実刑判決を受けることになる。
「そこでの暮らしは同じことの繰り返しでとても退屈。楽しいことはないし、刑期が長い奴らのいびりとかもあるから二度と戻りたくない」(同)と考えていたが、出所からまもなく、再び覚せい剤に手を出した。
「出所できたことで舞い上がっちゃったんだろうね。それに昔の仲間と会ったら、あいつらはまだ使ってるから、ついやっちゃったんだよ」(同)
再犯を繰り返したO氏だが、警察官を見るたびに怯えなくてはならない日々、前科があることでまともな職に就けないという現実を知り、覚せい剤から足を洗った。もう10年近く使用していないというが、「注射痕を隠すために腕の内側に入れ墨を入れた。夏でも半袖は着られない」(同)など、大きな代償を払って暮らしている。
身近に潜む覚せい剤
違法薬物は、これほどまでに身近なものなのか。一般的な存在なのか。それを確かめるべく、筆者の周囲にヒアリングしたところ、「覚せい剤の乱用で荒れた中学校があった」「高校時代に大麻を使用していた友だちがいる」「県庁所在地ではない田舎だけど、覚せい剤中毒者がいた」などという返答が得られた。普段の生活で覚せい剤を目にすることはないが、暴力団関係者とつながりがあったり、繁華街などで遊んだりしている人にとっては珍しくはないようだ。
警視庁の薬物に関するデータによると、薬物事犯は2007年から減少したかのように見えたが、12~13年から再び右肩上がりになっている。薬物の押収量も、大麻は年々減少しているものの、覚せい剤は16年に急増している。
総務省「社会・人口統計体系(都道府県・市区町村のすがた)」(14年)の都道府県別・覚せい剤取締送致件数を見ると、トップには大阪や東京といった大都市圏が並ぶ。地方差はあるものの、「0件」という都道府県はない。つまり、日本全国どこにいても、覚せい剤が手に入る可能性があるということだ。
身近になっているとはいえ、薬物の使用は厳禁。たとえ甘い言葉をかけられても、絶対に手を出してはいけない。
(文=OFFICE-SANGA)