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江川紹子の「事件ウオッチ」第108回

【日野町事件再審開始決定】証拠開示が“裁判官の当たり外れ”に左右されないために法改正を

文=江川紹子/ジャーナリスト
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【日野町事件再審開始決定】証拠開示が“裁判官の当たり外れ”に左右されないために法改正をの画像1大津地方裁判所前で「再審開始」を報告する弁護団(写真:毎日新聞社/アフロ)

 34年前、滋賀県日野町で酒屋経営の女性(当時69)が殺害され、手提げ金庫が奪われた「日野町事件」。強盗殺人罪で無期懲役が確定し、服役中に病死した阪原弘さん(享年75)の家族が再審を求めている件で、大津地裁は再審開始を認める決定を出した。死刑・無期懲役判決が確定した事件で、死後再審が認められるのは初めてという。

不適切な捜査で歪められた事実

 簡単に事件の経緯を説明しておく。

 阪原さんは、被害者が経営する酒屋の店先でカップ酒を立ち飲みする“壺入り”の常連客だった。店主の女性の行方不明がわかったのは、1984(昭和59)年12月29日。店員が出勤したが、店主がいなかった。前夜、いつものように営業しているのは確認されている。翌年1月19日、町の東側の宅地分譲地で遺体が発見された。死因は窒息死。手提げ金庫は、さらに3カ月半以上たって町の北側の山中で見つかった。

 捜査は難航。発生から3年以上が経過した1988(昭和63)年3月9日から11日にかけて、警察は阪原さんを任意同行し、連日ほぼ丸一日取り調べを行った。当初は否認していた阪原さんだったが、11日になって概ね認める供述をし、12日に逮捕された。捜査段階では自白を維持したが、裁判になってからは一貫して全面否認。しかし、一審で無期懲役判決が下され、控訴審、最高裁への上訴も退けられた。判決が確定したのは、2000(平成12)年である。

 翌年には第一次再審請求を起こしたが、大津地裁が棄却。即時抗告審が大阪高裁で行われている最中に阪原さんが病死したため、審理は終了した。第二次再審請求は、阪原さんの妻や子どもたちが起こしたものだ。

 この事件では、捜査段階での「自白」はあるものの、犯行と阪原さんを結びつける直接証拠はない。当初から、その自白の信用性とそれを裏付ける状況証拠の評価が焦点だった。

 一審は、自白には不自然さや根幹部分での矛盾点があるとして信用性を否定し、状況証拠から有罪が認定できるとした。ところが、控訴審は状況証拠だけでは有罪が認定できないとして、自白には基本的根幹部分については信用性があることを認め、両者を合わせ勘案することで有罪を維持した。

 このように、一審と控訴審で有罪の理由が異なることに、専門家からは批判の声も出ていた事件である。

 今回の大津地裁の決定は、捜査段階の自白は「殺害態様」「金庫の強取」「死体の遺棄」「被害者方における物色」といった重要な点で信用性が大きく揺らいでいるとし、「到底、事実認定の基礎とし得る程度の信用性を認めることはできない」と判断。さらに、逮捕前に連日の取り調べを受けた際、警察官から暴行され、「娘の所も親戚の所にも行ってガタガタにしたるで」といった脅迫的な文言を浴びせられて精神的に追い詰められていた疑いがあるとして、自白の任意性にも疑問符を付けた。

 こうした判断を導く鍵は、原審では未提出だった検察側の手持ち証拠の中にあった。

 たとえば、被害者宅にあった金庫が発見された場所に阪原さんが捜査員を案内する「引当捜査」が行われた。その調書には、現場にたどりつくまでの間の状況が記され、所々で阪原さんが方向などを示す写真が添付されており、裁判では有罪を示す重要な状況証拠となった。

 ところが、再審請求の過程で、その写真のネガ2本が開示され、新たな事実が明らかになった。引当捜査調書に添付された、現場を案内する阪原さんの写真は、ほとんどが帰り道に撮影されたものだったのだ。これでは、本当に阪原さんが捜査員から教えられることなく自ら任意に現場を案内したのか、わかったものではない。

 大津地裁の決定は、このような調書は「事実認定を誤らせる危険性が多分にある」「不適切」などと批判。こうした捜査を行った捜査員についても、「厳しく非難されるべき」と痛烈に批判している。

江川紹子/ジャーナリスト

江川紹子/ジャーナリスト

東京都出身。神奈川新聞社会部記者を経て、フリーランスに。著書に『魂の虜囚 オウム事件はなぜ起きたか』『人を助ける仕事』『勇気ってなんだろう』ほか。『「歴史認識」とは何か - 対立の構図を超えて』(著者・大沼保昭)では聞き手を務めている。クラシック音楽への造詣も深い。


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