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「加谷珪一の知っとくエコノミー論」

文化庁と美術界は、なぜまったく相容れず対立しているのか?

文=加谷珪一/経済評論家
文化庁と美術界は、なぜまったく相容れず対立しているのか? の画像1「Gettyimages」より

 政府が検討を進めている先進美術館(リーディング・ミュージアム)構想に対して異論が出ている。美術館が積極的に美術品の売買に関与することで市場を活性化し、経済成長につなげようというプランだが、美術界からは反対意見が続出している状況だ。

美術館主導で日本のアート市場を活性化?

 
 政府がこうした構想を打ち出した背景には、日本の美術品市場があまりにも小さいという現状がある。世界の美術品市場は637億ドル(約7兆円)の規模があり、国別のシェアでは米国が42%、中国が21%、英国が20%と上位3カ国が全体の8割を占めている。日本の美術品市場は約2500億円となっており、世界シェアは4%以下にとどまっている。

 文化庁によると、日本の美術館は予算が少なく美術品の購買力が弱いため、必要な美術品を確保できていないという。また学芸員が少ないなど、組織体制も脆弱であると指摘している。ギャラリーや画廊といった国内のアート・ディーラーについては、経営基盤が脆弱で、十分な流通機能を果たしていないとの指摘もある。

 同庁では、日本のGDP(国内総生産)の大きさや富裕層の人数などを考えると、日本の美術品市場には成長の余地があると指摘。美術館主導で美術品市場を発展させるというプランを公表した。

 新しいプランの概要は、先進美術館(リーディング・ミュージアム)を設置し、ここを中心に美術品の売買を活性化していくというもの。リーディング・ミュージアムには一定の予算を付与し、アートフェアやギャラリーなどから作品を購入。購入した作品のなかから一定数をオークションなどで売却することで、美術品市場を活性化させる。つまり美術館が積極的に美術品の売買に関与することで、市場を創出するという仕組みだ。

美術界は猛反発しているが

 このプランに対しては、美術界から異論が噴出している。全国389の美術館で構成する全国美術館会議は、「美術館はすべての人々に開かれた非営利の社会教育機関」であり「美術館が自ら直接的に市場への関与を目的とした活動を行うべきではない」との声明を発表している。

 政府は美術館が積極的に売買に関与すれば市場は拡大すると考えており、そのための施策としてリーディング・ミュージアム構想を打ち出した。一方、美術界側は、そもそもこの世界に市場メカニズムを持ち込むべきではないと考えている。両者の乖離が著しいことは、アベノミクスの仕掛け人を自認する山本幸三前地方創生担当相の「学芸員はがん」発言からも伺い知ることができる。

 山本氏は2017年4月、観光振興をめぐり「一番のがんは文化学芸員と言われる人たちだ。一掃しなければ駄目だ」と発言し、批判が相次いだ。後日「言い過ぎで、不適切だった」と発言を撤回しているが、おそらく彼の発言は本心からのものと考えられる。

 つまり、美術品や文化財の市場を活性化させようという人たちは、環境が整備されていないことが根本的な原因であり、そうであればこそ、現状を打開するため政府が積極的に市場に関与すべきと考えている。一方、美術界側は、市場メカニズムそのものを嫌っているように見える。

 資本主義の世界に生きている実業家や投資家からすると、どちらの価値観もあまり支持できない。市場というのは政府がつくるものでもなく、否定するものでもないからである。

日本では外野の声ばかりが大きい

   実は日本では同じような話が、これまでも何度も繰り返されてきた。代表的なのが「貯蓄から投資へ」というスローガンや各種の「ベンチャー振興策」だろう。

 日本人の資産運用が銀行預金に極端に偏っていることについては以前から指摘が相次いでおり、その傾向は今でも変わっていない。政府は個人資産を株式に振り向けようとさまざまな施策を講じてきたが、その背景にあるのは、「官」が積極的に施策を講じれば、市場は活性化するという考え方である。

 一方、市場メカニズムの側に立つ人は、日本人が本当に投資意欲を持っているならば、政府は何もしなくても市場は活性化するはずと考える。株式市場が活性化しないのは、多くの日本人がそれを望んでいないからである。

 筆者は若いときから積極的に株式投資を行い、大きな資産を形成することに成功したが、周囲で筆者と同じように株式投資を行っていた人はほぼ皆無であり、今も状況は大きく変わっていない。

 以前、ある会合で日本人はもっと株式投資に積極的になるべきだと強く主張する人物に出くわしたことがあったが、筆者が「どのくらい投資をしているのですか?」と聞くと、なんとその方は「株式投資の経験はない」とのことだった。「株式投資へのシフトを進めるべき」と意気軒昂に主張している人ですら、自身では投資していないという現実を考えると、日本人の投資マインドという点では後者が大きいように感じる。

 ベンチャー振興も同様で、ベンチャー・ビジネスの活性化が必要だと声高に主張している人の多くは、公務員やコンサルタント、大企業幹部など、自身はリスクを取らない人たちばかりだ。

アートの世界は創造することよりも売買のほうが難しい?

 美術品市場についても、おそらく似たような状況と考えられる。美術品市場の活性化を主張している人のなかで、実際に自分で美術品を購入したことがあるという人は、ほとんどいないのでないだろうか(現代アートであれば、会社員のポケットマネーでも購入は可能だ)。

 美術館が売買に積極的に関与することの是非はともかくとして、こうした状況で美術館が公的資金を使って売買に関与したとしても、市場が活性化するとは考えにくい。

 先ほど、世界の美術品市場の8割を米国、英国、中国が占めると述べたが、美術大国のひとつであるフランスの売買シェアは7%、イタリアは1%しかない。つまり美術を創作する国と売買する国は必ずしも一致しないのだ。

 昔から美術品(嗜好品)の売買におけるアングロサクソンの影響力は大きい。

 絵画における有力なカテゴリーのひとつとなっている印象派も、米国のアート・ディーラーが果たした役割が大きいことはよく知られている。ワインの世界も同様で、高級ワインの生産ではフランスは圧倒的な立場だが、フランスのボルドー地方(高級ワインの産地のひとつ)に多額の投資をしてきたのは英国であり、ワインの流通も長く英国企業が握ってきた。

 かつての覇権国家であり、もっともビジネスが得意な国であった英国と、現代の覇権国家である米国、そして次世代の覇権を狙う中国が、美術品市場で圧倒的な影響力を持っているのは単なる偶然ではないだろう。

 美術の世界は個人の能力に依存するので、極めて有能なアーティストが何人かいればその国は美術大国になれるかもしれない。だがビジネスということになると社会全体の仕組みが関係することになり、そう簡単にはいかない。アートの世界は生み出すことよりも、ビジネスにすることのほうがさらに難しい可能性が高いのだ。
(文=加谷珪一/経済評論家)

加谷珪一/経済評論家

加谷珪一/経済評論家

1969年宮城県仙台市生まれ。東北大学工学部原子核工学科卒業後、日経BP社に記者として入社。野村證券グループの投資ファンド運用会社に転じ、企業評価や投資業務を担当。独立後は、中央省庁や政府系金融機関など対するコンサルティング業務に従事。現在は、経済、金融、ビジネス、ITなど多方面の分野で執筆活動を行っている。著書に著書に『貧乏国ニッポン』(幻冬舎新書)、『億万長者への道は経済学に書いてある』(クロスメディア・パブリッシング)、『感じる経済学』(SBクリエイティブ)、『ポスト新産業革命』(CCCメディアハウス)、『教養として身につけたい戦争と経済の本質』(総合法令出版)、『中国経済の属国ニッポン、マスコミが言わない隣国の支配戦略』(幻冬舎新書)などがある。
加谷珪一公式サイト

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