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「加谷珪一の知っとくエコノミー論」

量的緩和策も効果なかった…経済低迷の原因=生産性の低さを20年以上放置する日本社会

文=加谷珪一/経済評論家
量的緩和策も効果なかった…経済低迷の原因=生産性の低さを20年以上放置する日本社会の画像1
「Getty Images」より

 日本企業の生産性の低さが、賃金や労働時間に悪影響を与えているという話は、多くの人にとって共通の話題となりつつある。だが、企業の生産性の低さが、長年にわたる日本経済低迷の根本原因であるとの認識は薄い。筆者は以前から、立派なマクロ経済政策を立案する前に、制度疲労を起こし生産性が低下している日本企業の経営を改革しなければ、一連のマクロ政策は機能しないという主張をたびたび行っているが、どういうわけか、こうした主張に対しては「幼稚な意見だ」「解決策になっていない」といった感情的な批判が多数寄せられる。

 一部の日本人は、一発で物事が解決できる魔法のようなマクロ経済政策ばかり求めており、企業の経営改革といった地道な施策を望まないようだが、これでは本質的な問題解決ができるわけがない。

量的緩和策が効果を発揮しなかった本当の理由

 安倍政権の経済政策であるアベノミクスは、実体経済に対してはほとんど効果を発揮しなかったというのがほぼ結論となりつつある。安倍政権の経済政策に多くの問題があったのは事実だが、量的緩和策そのものに効果ないのかというとそうではない。

 量的緩和策は中央銀行が積極的に国債を買い上げ、市中にインフレ期待を醸成させると同時に、金利を低く誘導する金融政策である。日本は不景気が続き、名目上の金利はほぼゼロ水準まで下がってしまった。マクロ経済学では、企業の設備投資は金利の逆関数と定義されているので、金利が低ければ融資拡大を通じて設備投資が伸びるはずだ。ところが、ゼロに近い水準まで金利が下がっても、企業はお金を借りず、設備投資は低い水準が続いていた。

 もし、何らかの方法で金利をさらに低く誘導できれば、企業の設備投資は拡大するのではないか、という前提に立った施策が量的緩和策である。実質金利は名目金利から物価上昇率(期待インフレ率)を差し引いて算出されるが、名目金利が動かなくても、期待インフレ率を上げれば実質金利を下げることができる。

 国債の大量購入によって期待インフレ率を高め、これによって実質金利を引き下げて設備投資を増大させるというのが量的緩和策で期待された効果である。

 実際、量的緩和策を実施したところ、急激に円安が進み、株価も上昇したので、金融市場という部分ではインフレ期待が発生したと判断してよい。だが実体経済はそうはいかず、実質金利が低下したにもかかわらず、企業は設備投資を増やさなかった。

 ここで重要なのは、量的緩和策は金融市場では理論通りの効果を発揮したが、実体経済への波及効果がなかったという点である。実は量的緩和策がスタートする直前、一部の専門家の間では、量的緩和策が実体経済に効果をもたらさない可能性について議論されていた。

 日本経済は制度疲労を起こしており、市場メカニズムが十分に機能しているとはいいがたい。こうし環境下でマクロ経済政策を実施しても十分な効果を発揮しないので、経済の構造転換を優先して実施すべきという主張である。これは、まさに正論だったが、「デフレが諸悪の根源!」「これしかない!」といった量的緩和策を盲信する感情的な声にかき消され、地味で堅実な施策は顧みられなかった。企業の経営改革を行った上での量的緩和策であれば、結果は違っていただろう。

20年前からすでにマクロ経済政策は効かなくなっている

 実はこうした制度疲労の問題は20年以上前から指摘され続けている。日本の生産性が先進諸外国と比較して低く推移しているのは戦後一貫しているが、特にバブル崩壊以降は伸び率の低下が顕著となっている。企業の生産性というのは、ほぼそのままマクロ経済の成長率に直結するので、バブル崩壊以降、低成長が続いたのは、企業の生産活動に問題が生じているからである。

 1990年代にも今回と同じような議論があり、派手なマクロ政策ばかりが実施され、十分な成果を上げることができなかった。当時、行われたマクロ政策は量的緩和策に代表される金融政策ではなく、公共事業という財政政策である。

 政府はバブル後の不況から脱却するため、超大型の公共事業をたびたび実施してきた。財源はほぼすべて国債で賄われ、特に小渕政権の成立以降に国債の発行額が急増。250兆円程度だった政務債務残高は20年弱で800兆円を越える水準まで増大した。

 だが、政府がいくら大型の財政出動を行っても経済は一向に良くならなかった。一部からは、今回と同様、制度疲労などの問題が指摘されたが、「徹底的な財政出動を実施せよ!」といった勇ましい主張が多く、地道な施策の必要性は無視された。結果として残されたのは膨大な政府債務の山である。

 当時から現在までの日本経済の成長率を比較すると、興味深い事実が浮かび上がってくる。

 安倍政権の平均GDP成長率(四半期ベースの実質成長率を年率換算)は1.2%だが、民主党政権は1.6%、小泉政権は1.0%、橋本・小渕政権も1.0%とすべて低迷しており、ほとんど差がないのだ。経済的には無策だった民主党政権の成長率がもっと高いというのは皮肉というよりほかない。

 安倍政権は金融政策、小泉政権は規制緩和、小渕政権は財政出動と、それぞれ教科書的な経済政策を繰り出したが、どの政策も十分な効果を発揮しなかったという事実は重い。やはり、日本経済にはマクロ経済政策以前の問題が存在していると判断すべきであり、ここにメスを入れない限り、日本経済の復活はないと考えるのが自然だ。

高い成長を実現している国は、実は地味な努力を続けている

 結局のところ、バブル崩壊以降、日本企業の競争力が低下したことで生産性が伸び悩み、これがマクロ的な成長を阻害している。供給面において経済成長率のカギを握るのは、資本、労働、イノベーションの3つだが、資本と労働には大きな変化がないので、低成長の原因がイノベーションであることは明白だ。

 経済成長モデルにおけるイノベーションは具体的には全要素生産性(TFP)と呼ばれている。経済圏全体でイノベーションが活発であれば、各企業の生産性が向上し、最終的には経済全体の生産性も向上する。つまり、企業ごとにムダを排除し、付加価値を向上するという地道な努力を続けることこそが経済成長への最短距離である。

 だが、こうした手法に対する国内の反応は極めて鈍く、むしろ感情的な反発さえ見受けられる。

 筆者はしばしば、全要素生産性について取り上げ、有能な人物をトップに据えるための経営改革や、人員が過剰とされる日本企業のスリム化、中抜きなど非効率な商慣習の見直しといったミクロな施策を積み重ねることが日本経済の成長につながると主張してきた。

 ところが、どういうわけかこうした提言を行うと、一部の人は生理的に受け付けないようで、冒頭で紹介したような異様なまでの反発を受ける。おそらくだが、多くの人はこの現実を薄々と感じてはいるが、現状を維持したいという心理が働き、こうした改革を無意識的に拒絶しているのかもしれない。

 また日本人の特性として、綺麗に答えが出る受験勉強型の思考回路に慣れきっており、一発で問題を解決できる派手なマクロ政策にばかりに関心が集まりやすいという側面もあるだろう。

 だが、魔法のような処方箋などこの世の中には存在しておらず、高い成長を実現している諸外国はほぼ例外なく、こうした地味な経営改革を日常的に継続している。企業の生産性を笑うものは、最終的には生産性に泣く結果となる。

加谷珪一/経済評論家

加谷珪一/経済評論家

1969年宮城県仙台市生まれ。東北大学工学部原子核工学科卒業後、日経BP社に記者として入社。野村證券グループの投資ファンド運用会社に転じ、企業評価や投資業務を担当。独立後は、中央省庁や政府系金融機関など対するコンサルティング業務に従事。現在は、経済、金融、ビジネス、ITなど多方面の分野で執筆活動を行っている。著書に著書に『貧乏国ニッポン』(幻冬舎新書)、『億万長者への道は経済学に書いてある』(クロスメディア・パブリッシング)、『感じる経済学』(SBクリエイティブ)、『ポスト新産業革命』(CCCメディアハウス)、『教養として身につけたい戦争と経済の本質』(総合法令出版)、『中国経済の属国ニッポン、マスコミが言わない隣国の支配戦略』(幻冬舎新書)などがある。
加谷珪一公式サイト

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