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“新富裕層”の実態〜低課税求め増える富裕層の海外移住と、先進国のジレンマ

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“新富裕層”の実態〜低課税求め増える富裕層の海外移住と、先進国のジレンマの画像1「Thinkstock」より
 「今から140km走って、マレーシアまで朝食を食べに行きます」と、愛車フェラーリに乗り込み、シンガポールの隣国・マレーシアまで爆走。到着したマレーシアでは、一杯数百円、うまいと評判のヌードルに舌鼓を打つ……まるで、「東京で『うまいラーメンに食べに行こう』と盛り上がり、その足で札幌へラーメンを食べに行く」という日本のバブル期並みのぜいたくな生活を今も送るのが、シンガポールに住む日本人“新富裕層”だ。

 世界で100万ドル以上の資産を有するのは1200万人。NHKスペシャル『新富裕層vs.国家 富をめぐる攻防』(8月18日放送)では、そのうち、IT・金融の分野で成功し、若くして資産を手に入れた“新富裕層”が、税金の低い国に移住する現状をレポートしている。金融所得は非課税、所得税率も日本の4分の1であるシンガポールへ、日本からの移住者が急増中で、年間1000人にも及ぶというのだ。

 日本人“新富裕層”は、シンガポール有数の超高層マンションに住み、愛車は最高級のフェラーリ。現地の“新富裕層”からは、5年で価格が倍になるという現在の富がさらに富を呼ぶ、笑いが止まらないシンガポールの不動産開発の儲け話が持ち込まれる。

●政策として、意図的に生み出した“新富裕層”

 そもそも“新富裕層”が生まれるきっかけは、1980年代からの世界の潮流となった、意図的に富裕層を生み出す新自由主義的な経済政策だ。減税や規制緩和によって特定の分野にお金持ちを生み出し、「富裕層が富んで消費をすることで、最終的に貧困層も豊かになる」というトリクルダウンを狙ったものだ。

 米国レーガン政権(任期1981-89年)による、規制緩和と90年代にかけてのIT、金融工学の発達で、シリコンバレーとウォール街には“新富裕層”が続々と現れた。日本でも外資系金融機関などに勤めれば、億を超えるカネを簡単に手に入れられるようになった。“新富裕層”の時代は、ジョージ・W・ブッシュ政権(任期2001-09年)の富裕層減税とサブプライムローンバブルで頂点に達する(日本では小泉・竹中路線の経済政策の下、堀江貴文氏の出現と、06年村上ファンド・村上世彰氏の「お金を儲けて何が悪い」発言が象徴的だ)。

 しかし、08年のリーマンショックを引き金にした世界大停滞で、その流れは逆流を始める。

 これ以上の財政赤字を避けるために、富裕層を中心にした増税が必要不可欠と、オバマ政権も日本の民主党政権も、格差是正の財政政策を打ち出すことになった。

 これに対し、富裕層は、資本流入目的で低い税率を採用している小国への国外脱出(租税回避行為)を加速させた。IT化とグローバル化で “新富裕層”たちは世界のどこにいても投資ができる。

 さらに、“新富裕層”が海外に資金移動させるために、グローバル経済下では、トリクルダウン効果が期待できないことが明らかになり、政府は富裕層への増税路線方針を強固にした。

●納税を逃れるために、富裕層の海外流出が止まらない

 こうした現状に対し、日本でも“新富裕層”の不満も出ている。例えば「知り合いのゲーム会社のオーナーは、会社を売る前にシンガポールに移住した。そういう人たちがたくさん出てきているし、さらに出てくるだろう。それでいいのか」という声だ。これは、エイベックス・グループ・ホールディングス社長の松浦勝人氏が自身のフェイスブックで「富裕層は日本にいなくなっても仕方ない」などと投稿したものだ(8月2日)。

 松浦氏は「地方税とあわせれば55%という税金が所得にかけられる」税制に対し「僕としては、税金は個人の所得報酬に対して/50%という国との折半が我慢の限界だった/所得税が20%代の国はたくさんある。相続税のない国もある/こんなことをしていたら/富裕層はどんどん日本から離れていくだろう/僕の場合は会社もあり会社を辞めることは/不可能だから日本に居つづけなければならい」(原文ママ)と、富裕層への増税(所得税の累進課税の強化)への不満を表明している

 これは、“新富裕層”によくある「成功した自分の『努力』だけが特別なもの」と考える思考パターンだ。その種の才能がある人間がレバレッジの高いビジネス分野にいれば、莫大なリターンが得られる。その“運”によって生まれる、行き過ぎた不均衡を調整するのが、所得が高くなればなるほど税率が高くなる所得税の累進課税。国が税金として徴収し、教育、福祉に資金を投入することで格差を調整するという所得再分配は、経済学(とくに財政学)では一般的な考え方だ。

 また、税率が低い国は、富裕層の流入をもくろむ小国か(スイス、シンガポールなど)、ロシア、東欧諸国などの新興国ばかりだ。

 さらに、租税回避行為に関しては、日米は厳しい姿勢をとるようになった。『タックス・ヘイブン』(志賀櫻著/岩波新書/13年)によれば、米国IRS(内国歳入庁)は08年、スイス銀行の1つUBSに対し、米国人富裕層の隠し口座をすべて明らかにするように求め、連邦地裁に提訴。UBS側が敗北。スイスの悪名高い銀行秘密保護法は実効性を失った。また、13年施行されたFATCA(外国口座税務コンプライアンス法)は「米国人の口座を有する外国金融機関は、IRSにその内容を報告しなければならない」というもので、米国人の財産はIRSに
管理されることになった。

 日本でも、13年末から国外財産調書制度が始まる。これは海外保有資産が5000万円を超える場合、税務当局に報告する制度だ(違反した場合には、罰則あり)。NHKスペシャルでは、このあたりの動きの解説が足りなかった。

 シンガポールの日本人“新富裕層”も、日本でのビジネスや日本に住所がある場合などには、国税庁によって厳しく管理されるようになるわけだ。シンガポールのバブルの宴も、そろそろハジけ時かもしれない。

 また、米国人は国籍ベースで所得課税がなされ、海外移住の際にも出国税が課税される。それと比べれば、日本の国税庁の動きは、まだまだぬるいのが実情だ。
(文=和田 実)

BusinessJournal編集部

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