サムスンは決して昔から大きい企業だったわけではない。昔は日本企業に遠く及ばず、国内市場の規模の小ささから海外展開を必死で行ってきた企業である。それが今では、ソニーの約2倍(直近の4半期では3倍近い)の売上高となっており、時価総額に至っては約9倍という結果である。
残念ながら、サムスンが成長を続けている間、日本企業は外部環境の変化を捉えきれず、語弊を恐れずに言えば徹底した努力を怠った結果、サムスンが一気にその市場を飲み込み、急成長したことがうかがい知れる。
ごくごく一部ではあるがサムスンの“強さの秘密”を書きたいと思う。
すでにご存じの方もいるかもしれないが、サムスンは1990年から「地域専門家制度」という人材育成制度を導入している。真の国際化を目指し、社員に海外の文化や習慣を習熟させて、その国の「プロ」となる人材を育てる目的で開始した制度といわれている。入社3年目以上、課長代理クラスの社員が対象で、毎年数百人を選抜し、サムスンの海外戦略に合わせるかたちでその地域へ人材を送り込んでいる。地域専門家は派遣先の国に1年間滞在するが、仕事の義務はなく、その国の言語や文化を学ぶため、自主的に計画を立て実行をする。 知人の話によると、一度退社するかたちを取り、家探しから日々の生活、語学学習、人脈づくりなどは一切会社を頼らず自力で行うらしい。その期間は、母国に帰ることはできず、単身でその国で生活することが求められているようだ(この辺りがいわゆる駐在や海外派遣とは違う)。サムスンは上記のように現地社会に社員を溶け込ませ、その国の文化や背景を理解した上でビジネスを展開することを考えていたのである。
トヨタも地域の「プロ」を育成すると発表したが、それは昨年のことである。自動車業界と電機業界では業界が異なるが、海外展開のやり方に関して23年も後れを取っていると考えると頭が痛い。現に日本の電機業界が外部環境の激流に巻き込まれた際に指摘されたのは、日本製品の高すぎるスペックであった。その国のニーズを捉えきれず、自らの「チカラ」を押しつけた結果、思うように海外展開を進めることができなかった。ほかにもさまざまな要因はあるにせよ、顧客を理解し、自らのリソースを駆使した製品開発を怠ってしまったことは事実だろう。
さらにサムスンは自社の宣伝をするために、初めてゲームの中で社名を出した会社でもある。通常、ゲーム等で使われる社名や商品名は変更が加えてあり、わかる人が見ればどの企業や製品かわかるが、スポンサー等でない限り社名を出すことはない。しかし、アメリカでゲームがはやっていることに目を付けたサムスンは、無償で社名を使うことをゲーム会社に許可した(この当時としては異例中の異例といわれた)。そうすることで、ゲームをしている人は知らず知らずにサムスンの社名を目にすることになる。ゲーム会社としては、看板のロゴ等でそのまま企業名を使えるようになり、ゲームのリアリティを高めることが可能になる。その上、面倒な交渉事(場合によっては訴えられるリスク)が劇的に少なくなり、まさに相思相愛である。
同様に、サムスンを一躍有名にしたのが、03年に公開された映画『マトリックスリローデッド』(ワーナー・ブラザーズ)で登場した携帯電話である。もともと、99年に製作された『マトリックス』(同)で、スライド式の携帯電話が頻繁に登場し、話題となった。この時はノキアの「NOKIA8110」というモデルが使用された。そこに目を付けたサムスンは「20~30代層で最も世界的にホットな映画。私たちのプロモーションとして申し分ない」というコメントを出し、『マトリックスリローデッド』に自社の携帯電話を提供した。これはサムスンのデザイナーが映画スタッフのデザインを基に、オリジナルの携帯電話をつくったものである。米国での映画封切りと同時に、米国の一部の地域で販売が開始され、製品一つひとつにシリアル番号がふられた限定モデルとして販売された。販売価格は500米ドル前後と、当時の携帯電話として決して安いものではなかったが、米国では発売と同時に即売り切れの状態になったという。
このように、サムスン電子という企業は自らのビジネスにおいて何が一番重要であるかを的確に見極め、常識や風習にとらわれず即実行している企業といえる。自らの持っているリソースを最大限に生かしながら、他の企業に負けない力を、時間と労力と柔軟な発想を持って築いてきたのである。
市場が求めているものに対し、自らが持っているあらゆるリソースをどう生かせるかを検討し、臨機応変に対応していくことがこれからのビジネスでは求められる。特にニューノーマル時代といわれ、これまで以上に時代の変化が激しくなり、過去の経験が通用しにくくなっている。08年のリーマンショック以降にその傾向が顕著になっている。発想やアイディアをスピーディに実行に移していくことは、これからますます重要になってくる。そのためにも、自らの持っているリソースを否定するのではなく、「どう生かせるのか?」という発想を持ち、ピンチの時こそ「面白い」と感じるようなマインドを持っておくことも重要だろう。市場と対話しながら、常に破壊と創造を繰り返しながら変化し、進化していくことが求められるのだ。
(文=岡田和典/経営コンサルタント・大学院客員教授)
※本稿は、岡田和典氏のメルマガ「最新事例に学ぶ事業価値創造のキーファクター – 岡田流ビジネスマインド養成講座 -」から抜粋したコンテンツです。
【筆者プロフィール】●岡田 和典:三菱商事、外資系コンサルティングを経て1998年プライスウォーターハウスクーパースコンサルタンティング入社。消費財メーカー、卸売企業、小売業において、営業、物流、間接部門の業務改革に従事し、個々の企業にとどまらず、サプライチェーン企業間の変革、戦略立案等に数多くの実績を残す。現在、岡田ビジネスディベロップメンツ代表取締役としてさまざまなプロジェクトや新規事業に参画。また複数の企業経営を代表として行う。金沢工業大学大学院にて「コンサルティング実践特論」の客員教授として教鞭をとる。
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