運営の現状とこれから
たらちねは、認定NPO法人である。事業収益はほとんどなく、企業、団体、個人からの寄付で成り立っている。フォトジャーナリズム誌「DAYS JAPAN」(講談社) の元編集長である広河隆一氏の協力のほか、多くの企業が寄付を寄せている。そして地元福島の母親たちを中心とした使命感溢れるスタッフにより運営されている。国からの補助金などを得ることが難しいため、資金の安定がひとつの問題ではあるが、2016年よりファンドレイジングにより資金を集め、17年6月には同施設内に内科・小児科「たらちねクリニック」がオープンする。たらちねクリニックでは、保険診療や甲状腺検診を行うほか、健康被害への不安や相談に応え、地域の健康増進・維持に努めていく。
震災の時に幼稚園の年長(5~6歳)だった子供たちは、震災のことを鮮明に覚えているという。そんな子供たちが、震災後から現在までの大人の意識の変化に困惑しているのではないかと懸念する声がある。実際に、時間の経過とともに家族間、学校などで、放射能に対する大人の態度に温度差が出てきているという。
普段通りの生活を取り戻しつつある今、放射能汚染に関する考えに違いが出るのは当然かもしれない。しかし、それが子供たちの心の安定を奪ってはいけない。私たち大人も長期的に学んでいく必要がある。
また、母親たちが危惧する新たな問題がある。国は、事故を起こした福島第一原発について「30~40年後に廃炉を目指す」と掲げている。一方、震災後の福島の学校教育に大きな変化が起きている。工業系高校で、廃炉教育に力を入れているのだ。放射性物質について学び、廃炉の技術を学ぶためのカリキュラムが導入された。これについて、地元の母親たちは、複雑な気持ちをこう明かす。
「もちろん、誰かがしなければいけないのはわかります。しかし、私たち母親からすると、子供が使命感に駆られて廃炉作業に従事するのではないかとの懸念があります。複雑な気持ちです」
筆者も母として、彼女たちの苦悩が理解できる。原発事故により残された問題の解決は、簡単ではないだろう。
また、放射能が人体に及ぼす影響は、時間が経過しないとわからない。だが、すべての子供は、放射能から平等に守られる権利がある。経済的格差や知識の格差などによって、一部の子供たちが放射能に野ざらしにならないように私たちができることは、関心を持ち続けることではないだろうか。
たらちねの設立以来、英BBCをはじめアメリカ、フランスなど、多くの海外メディアが取材に訪れている。本来、日本でこそ福島のその後を伝えなければならない。筆者は、今後も福島の取材を続け、放射能の問題を社会に投げかけていきたい。
(文=吉澤恵理/薬剤師)