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江川紹子の「事件ウオッチ」第108回

【日野町事件再審開始決定】証拠開示が“裁判官の当たり外れ”に左右されないために法改正を

文=江川紹子/ジャーナリスト
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裁判所の勧告で“発見”された証拠

 弁護人によると、この事件では、裁判所が証拠開示に積極的な訴訟指揮を行った。検察官が現に保管する証拠のみならず、警察にある証拠に関しても証拠開示の対象になると明確に表明した。

 以前に比べて、再審請求事件でも証拠開示に前向きな態度を取る裁判所が増えてきたように見える。そのこと自体は好ましい。冤罪の可能性がある場合は、できるだけ事実を明らかにして、無辜は速やかに救済すべきだ。

 しかし、証拠開示を積極的に行うかどうかは、あくまで裁判官の判断に任されている。法律で明確なルールが決められていないからだ。有り体に言えば、裁判官の“当たり外れ”によって、証拠開示が行われたり行われなかったりするのが、今の日本の再審請求審の現状だ。そして、裁判所が強い訴訟指揮で臨まない限り、検察は証拠開示を渋り続ける。

 その典型が、鹿児島地裁、福岡高裁宮崎支部で相次いで再審開始決定が出された「大崎事件」だ。この事件では、検察側手持ち証拠の中に、無罪につながる重要な証拠があった。

 ところが、第2次再審請求の時、鹿児島地裁の裁判官は証拠開示に熱心ではなかった。そういう環境では、弁護側がいくら求めても、検察側は証拠開示に協力しない。担当検察官は「検察庁をひっくり返して探したが、第1次再審請求審で開示した以上の証拠は存在しない」と回答した。弁護側は警察にも照会したが、「証拠は保管していない。過去にあっても、検察庁に送っている」との回答だった。鹿児島地裁はそうした捜査機関の対応を真に受けて、証拠開示の勧告も出さないまま、再審請求を棄却した。

 しかし、検察や警察の回答が事実でなかったことは、その後判明する。高裁段階では、裁判所が弁護側の熱心な要請に応え、文書で証拠開示勧告を行った。その結果、検察側は五月雨式に213点もの証拠を開示した。そして「大崎事件に関する証拠はもはや存在しない。不見当(見当たらない)ではなく、不存在である」と宣言した。

 ところが、それも事実ではなかった。

 第3次再審請求で、弁護側は捜査で撮影した写真のネガの開示を求めた。裁判所は、検察側に再度探索するように求め、「あれば開示を求めるから準備するように。ない場合は、不存在である合理的理由を付して文書で回答するように」と強い態度で臨んだ。すると、検察側は弁護側が求めたもののほかにも17本のネガフィルムを“発見”したとして開示した。その中に、有力な無罪方向の証拠があり、再審開始決定につながった。

 日野町事件の弁護団は、検察側が「ない」と回答してきた証拠について、この大崎事件の経緯を挙げて、さらなる探索を迫ったこともあった。すると、指紋・掌紋を採取したゼラチン紙が、県警鑑識課の倉庫内から“発見”された。指紋に関する証拠を探すなら、本来、最初に探すべき場所だろう。これまでの探索が、いかにやる気のないものだったのかがうかがえる。

 このような検察側の対応に、大津地裁は次のように不快感を示した。

「裁判所が存否確認及び存在する場合の開示を求めた証拠物の一部につき、検察官が『不存在』と回答した証拠物が後に発見された経緯について、本来あってはならない事態であって、遺憾である」

「本件事案の重大性や裁判所が開示を求める当該証拠の重要性に鑑み、未開示の証拠が思わぬ保管場所に存在するのではないかとの疑念が生じたことは否定できない」

 検察は、集めた証拠の中から、有罪立証に使えるものを選んで提出する。そのため、未提出証拠の中に、確定した有罪判決を根底から覆す無罪方向の証拠が含まれていることは珍しくない。再審無罪となった「布川事件」「東電OL殺害事件」もそうだった。熊本地裁、福岡高裁で再審開始決定が出され、検察の特別抗告によって最高裁で審理中の「松橋事件」も同様だ。

 それなのに、裁判官の“当たり外れ”によって、それが開示されたりされなかったりするという現状は、なんとかしなければならないのではないか。

江川紹子/ジャーナリスト

江川紹子/ジャーナリスト

東京都出身。神奈川新聞社会部記者を経て、フリーランスに。著書に『魂の虜囚 オウム事件はなぜ起きたか』『人を助ける仕事』『勇気ってなんだろう』ほか。『「歴史認識」とは何か - 対立の構図を超えて』(著者・大沼保昭)では聞き手を務めている。クラシック音楽への造詣も深い。


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