不正にアップロードされた漫画が読み放題――違法サイト「漫画村」をめぐる問題では、そのモラルなき運営体制が問われたのと同時に「ネット広告のあり方」についても一石が投じられた。
「漫画村」には多数の企業広告が掲載されており、それらが「不正を行うための資金源」として糾弾されたのだ。多くのウェブサイトやアプリは無料で利用できるが、それらのサービスは広告主の広告費によってまかなわれていることが多い。無料でネット上のサービスを楽しめる背景には、複雑化するネット広告の仕組みがある。
8月19日付記事『ウーバー、ネット広告詐欺をめぐり広告代理店を提訴』に続き、adjust株式会社の日本チームカントリーマネージャー・佐々直紀氏に話を聞いた。
ネット上の巧妙な不正を見抜く方法
――貴社では、偽のインストールで広告費をかすめ取ろうとする「アドフラウド」(広告詐欺)を検知するツール「Adjust」を提供していますが、何をもって不正と判断するのでしょうか?
佐々直紀氏(以下、佐々) まずひとつは、IPアドレスでの判断です。IPアドレスとはインターネットに接続された機器を識別するための番号であり、ネット上の住所のようなものです。一般のモバイルユーザーがたどるには明らかに不自然なアドレスがあり、そういったものを除外していきます。不正によく使われるIPアドレスを調査し管理している会社と連携し、Adjustでは最新の不正アドレスを毎日更新しています。
また、たとえば「同じIPアドレスから何回も同じ広告がクリックされる」という状況は明らかに不自然ですよね。数時間おき、1日おきなど、一定の周期で同じIPアドレスからクリック情報が届く場合は「機械的に不正処理しているのだな」と判断して、これらも除外します。
ほかにも、広告をクリックしてから実際にアプリをダウンロードする時間もチェックしています。ユーザーの動向を見ると、通常は広告をクリックしてから1時間程度でダウンロードするケースが多いです。
――確かに、たいていのアプリはダウンロードだけなら無料ですし、あまり長々と考えないですね。
佐々 はい。ただ、なかにはクリックから数時間や数日後に正当にダウンロードするというケースもあります。そのため、Adjustではクリックからダウンロードまでの時間データを蓄積、解析し、「異常」と判断されるものはリアルタイムで除外する仕組みを備えています。
ただ、「漫画村」のような「道義的に問題はあるがアクセス数は莫大」なサイトに広告を貼るという手口と比べ、アプリを舞台にしたアドフラウドは技術力を駆使した不正です。よって、その手口は日々洗練されています。
――アプリに広告費を投下する流れが加速することを考えると、今後もいたちごっこが続きそうですね。
佐々 そのため、当社は不正業者の一歩先を行けるよう、アドネットワークなどと提携して不正に関する最新の情報交換を行っています。
タダでガチャ回し放題「不正課金」の裏側
――「インストールや起動を操作して広告費をかすめ取る」という不正の手口についてお話いただきましたが、一方で「課金を操作する」ということは可能なのでしょうか?
佐々 ゲームでは「不正課金」という問題があります。スマホのゲームアプリでアイテムなどを購入すると、ゲームアプリはGoogleやAppleと通信を行い、「いくら購入した」というレシートがゲームアプリに戻る仕組みになっています。しかし、“脱獄端末”【※1】などを使い、実際は1銭も課金していないのに、GoogleやAppleからゲームアプリにレシートが返ってきたかのように見せる手口があります。そうすると、ユーザーはお金をかけずに、そのゲームをいつまでもいくらでも遊べてしまいます。
また、課金なしでガチャ【※2】を回せるため、そこで手に入れたレアキャラクターを持つアカウントなどをオークションサイトなどで販売し、金銭に変えるケースも以前はありました。ただ、多くのゲームではアカウントやキャラクターをネットオークションなどで売買する行為は“一発退場”で、アカウント削除になることがほとんどですね。
Adjustでは、こうした不正課金の判別機能も提供しています。ただ、不正課金はゲームの運営側でもある程度把握はできます。明らかにゲームの進捗状況が良すぎたりしますから。問題ではありますが、比較的見つけやすく対策もしやすいといえます。
一方、不正インストールは測定しない限り把握できません。組織ぐるみで行われるケースが多く、被害金額も大きいという点で、不正課金より不正インストールのほうが大きな問題ですね。
――確かに、不正課金の場合は「タダで遊ばれる(ただし、検知はしやすい)」という意味で「取れるはずのお金が取れない」ですが、不正インストールは「かけた広告費を無意味にかすめ取られる」ですからね。では、アドフラウドによる一般ユーザーのデメリットはなんでしょうか?
佐々 アドフラウドは「アプリ事業者の広告費をかすめ取る」行為のため、ユーザー側に直接的なデメリットはないですね。しかし、アドフラウドがなければアプリの開発にもっと費用をかけられたかもしれないのに、それが無意味にかすめ取られているという意味では、「まわりまわってユーザーも損をしている」と言えるかもしれませんね。
不正の手口は日々巧妙化しており、当社も不正検知ツールの改良を続けています。今後も、不正を測定できるツールを提供することで、不正が存在しづらい広告の仕組みづくりに貢献していきたいですね。
――ありがとうございました。
P&G幹部が警鐘…人をイライラさせる広告
「漫画村」を見ていた人には、2パターンがあったと思う。
(1)「漫画村」は見るが、こうしたサイトに出稿している広告は絶対クリックしない
(2)「漫画村」を見て、いい広告があればクリックする
(1)も問題だが、個人的に驚くのは(2)の存在だ。(2)のケースは「何も考えてない」といえる。そして、そうした存在が少なくなかったからこそ、「漫画村」は存続することができていたのだ。
ネット上には無料で楽しめるサービスが多いが、それは広告主の投下する広告費があってこそだ。一方、今はクラウドファンディングが普及したり、動画視聴サイトで視聴者が動画の投稿主に“投げ銭”を送ることができたりするなど、「感謝を金銭のかたちで還元したい」というニーズが実現しやすくなっている。
広告においても、ユーザー側に「このメディアは好きだから広告をクリックする(逆に、嫌いだから広告は絶対にクリックしない)」という意識が広がってほしいが、匿名環境のネットにおいて「ユーザーの倫理観」には期待できない。前述した投げ銭は、視聴者が動画の投稿主に貢献したいからするのであって、そのような「ユーザーにとっての気持ちよさ」をネット広告が提供していけるかどうかがカギとなるのだろう。
そもそも、P&G(プロクター・アンド・ギャンブル)のように、ネット広告の削減を進めている企業もある。同社は、昨年だけでネット広告の費用を約210億円以上削減している。日本経済新聞電子版では、同社のマーク・プリチャード最高ブランド責任者の「(ネット広告は)あまりに頻繁に広告を流したり、広告を送ってほしくないという人に訴求したりしすぎて、人々をいら立たせている」という発言を伝えている【※3】。タダでネットのサービスやアプリを利用できるのは広告のおかげだが、不必要な広告にイライラした経験を持つ人も多いだろう。
本記事を読んでいる読者の方に聞きたい。ここ1年で、「思わず買ったりクリックしたりしたネット広告」はありますか?
(文・構成=石徹白未亜/ライター)
【※1】
iPhoneが「App Store」以外からもアプリをダウンロードできるようにした端末のこと。なお、「Google Play」以外からもダウンロードできるAndroidの場合、そもそも“脱獄”の概念がない。しかし、Android端末でもユーザーの権限を通常より大きくしたものを“脱獄端末”と呼ぶケースもある。
【※2】
ゲーム内でモノなどを購入する仕組み
【※3】
「P&Gに泣かされる広告代理店」(日本経済新聞電子版)
『節ネット、はじめました。 「黒ネット」「白ネット」をやっつけて、時間とお金を取り戻す』 時間がない! お金がない! 余裕もない!――すべての元凶はネットかもしれません。
『できる男になりたいなら、鏡を見ることから始めなさい。 会話術を磨く前に知っておきたい、ビジネスマンのスーツ術』 「使えそうにないな」という烙印をおされるのも、「なんだかできそうな奴だ」と好印象を与えられるのも、すべてはスーツ次第!