NHKによる音声の無断流用に関して、アニメ『おじゃる丸』の初代声優である小西寛子氏が、8月1日、警視庁渋谷署に告訴状を提出した。
そこで小西氏から、告訴に至るまでの経緯を聞いた。
作品の主役である、おじゃる丸の声を彼女が担当していた2000年夏頃のことだ。
「私、事務所を移籍して、マネージメントとかも変わっていた頃だったんです。NHKソフトウェア(現NHKエンタープライズ、以下NEP)の担当者から、新しい事務所担当者に『ビデオなどをお渡ししたい』と連絡があったんです。たまたま事務所関係者が渋谷近くにいて、そちらへ持ってきてもらったんですね。その時紙袋にビデオがいっぱい詰まっていて、その上に人形がポコって乗っていたらしいです」
その人形が今回の問題の発端となる、「おじゃる丸音声人形(1999 NHK.NEP.犬丸りん)」だ。喋る声は小西氏の声だったが、本人はこの人形のことを知らなかった。
事務所担当者が、『おじゃる丸』のプロデューサーに問いただした。以下が記録されている、その時のやりとりである。
「申し訳ありませんが、これは本人が知らないといっているのですが、これ(人形)はなんなんでしょうか?」
「あなた何? これがなんだっていうの?」
「本人も仕事した覚えないし、わからないから質問させていただいているんです」
「関係ないでしょ。あなたたちには関係ない。私に何が言いたいの?」
「いや、これはわからないから質問しに来ました。もし別撮りなら別な仕事になるのでご請求とかさせていただきたいと思います」
「それで何?」
「いい加減にしてください、これ(人形)はなんですか? とお聞きしているのに、お答えいただけないんですか?」
「生意気ねー。誰? あんたなんなの? 私に向かってこんなこと言う人いない。あなたね、黙っていなさい、黙っていう通りにしないと仕事できなくなるわよ。この業界にいられなくなるわよ」
「何言ってんですか? 何を?」
「おろすからね。もう、おろしてやる」
まともな答えが返ってこなかったところを見ると、人形が小西氏の手に渡ったのは、担当者のミスだったのかもしれない。
その後の2000年11月、NEPから小西氏の所属事務所に、以下の通知が届いた。
「開始からの3期分を『おじゃる丸の創世記』と位置付けてひと区切りし、4期以降で21世紀の新しいおじゃる丸像の創造に挑戦することになりました。このため、初心にかえって作品内容は勿論、キャスティング業務を今までの○○社ではなく、新たな音響会社に委託し、おじゃる丸役も新規に起用することにしました」
この時のことを、小西氏はこう振り返る。
「スタッフを一新するということだったけれど、結局私だけがおろされたんです」
プロデューサーの発言どおりになったわけだ。
一般的に声優の交代は、声優が亡くなってしまったり、病気で長期療養が必要となったり、高齢で仕事ができなくなるという以外には、ほとんど起こらない。声優は原作者などと話し合いを重ね、オリジナルの声を提供することによって、キャラクターに魂を吹き込むのであるから、これは当然である。
おじゃる丸降板後、ほかの仕事も急減
小西氏の、おじゃる丸から突然の降板を惜しむ声はアニメファンの間に広がった。小西氏といえば、おじゃる丸以外にも、『逮捕しちゃうぞ』(TBS系ほか)の中嶋瀬奈、『ドクタースランプ』(フジテレビ系)の木緑あかね、『浦安鉄筋家族』(TBS系)の菊池あかね、『セクシーコマンドー外伝 すごいよ!!マサルさん』(TBS系)の北原ともえ(モエモエ)、『ふしぎ魔法ファンファンファーマシィー』(テレビ朝日系)の西野かおり(ぽぷり)、『デジモンアドベンチャー』(フジテレビ系ほか)の高石タケルなどをはじめとして、テレビアニメ、劇場アニメ、ゲームなどで重要な役を演じてきた声優である。
おじゃる丸降板以降、小西氏にはほかの声優の仕事もなくなっていった。ちなみに、どのアニメ制作会社も、NHKとは大きな関わりを持っているということを指摘しておきたい。
今年6月1日、小西氏は音声無断流用について、自身のツイッターで情報を発信した。18年前の出来事を今になって明らかにした理由を、小西氏はこう説明する。
「会社の経費を横領したNHK放送センター内で働く関連会社の社員が、その穴埋めをするために、私の関係する会社に金品を要求してきたんです。要求には応じず、NHKには書面で抗議しました。その社員は解雇されましたが、この事実に関する広報もなく、謝罪もありませんでした。その時の脅し文句が、『金品要求に応じなければ仕事から外す』というもので、18年前とまるで同じだったんです。『いまだに、昔と同じように弱いものいじめをしているのか、いい加減にしてくれ』という憤りで発信したんです」
これは大きく報道され、和田政宗参院議員がツイートで反応するなど、一気にインターネット上に広がった。そして「これも小西さんの声ではないですか?」といった知らせが届いた。小西氏の声が使われていたのは、人形だけでなく目覚まし時計、壁掛け時計、キーホルダー、ゲーム、三輪車など、多くの製品があったのだ。
小西氏は、その驚きをこう語る。
「『人形のほかにもあるんじゃないか』くらいに思っていたら、あまりにもたくさんあるのでビックリしました。放送の音声を流用したのか、何かの時に一緒に録ってそれを使っているのか、当時説明も何もなかったので、まったくわからないんです。ただ、私の声であることは確かです」
筆者はおじゃる丸映画関係や他の出演における当時の契約書等を確認させてもらったが、こちらの内容は普通に業界で「ワンチャンス主義」と呼ばれるもので「作品を映画DVDへ1回製品化することまでは含まれ、その他商品にするなどの流用については別契約になる」という内容であった。しかしながら、当然、今回問題となった番組音声については関連商品への音声流用などは、もちろん契約には含まれていない。
本人の許諾なく音声を製品に使用することは、著作権法第119条に定められた著作隣接権を侵害したことになる。実演家著作隣接権センターは、著作隣接権について以下のように説明している。
「音楽や映画、小説などの著作物は、たくさんの人々に視聴され、楽しまれることで、初めて文化的・社会的価値が生まれます。そのため、著作物をつくった人だけでなく、著作物を広く一般に届けている実演家等にも、著作権法は著作隣接権という経済的な利益を守る権利(財産権)を与えています。また、歌唱や演奏、演技などの実演には、その実演家の個性が反映され、表現の仕方等にもクリエイティビティが発揮されています。そのため、財産権だけでなく、精神的利益を守る実演家人格権が与えられています」
テレビ番組やネットニュースでも拡散
7月11日、NHKにおいて話し合いがもたれた。その会議の様子を、小西氏は次のように振り返る。
「編成部長とか、内部監察室長とか、執行役とかが出てくるんですけど、『そんなことはなかったんじゃないかと聞いています』みたいなことをのらりくらりと言って、ニヤニヤしているだけなんです」
翌12日、情報番組『バイキング』(フジテレビ系)で、この問題が取り上げられた。出演していた清原博弁護士は、「小西さんの請求は時効になっていて、今さら請求することはできません。3年以内に訴えを起こさないといけない。18年ですからとっくに過ぎてしまっています」と語り、タレントの横澤夏子は「おじゃる丸に法的措置なんか絶対に似合わないこと。早く仲直りしてほしいというか、悲しいですね」と言った。
NHK寄りの内容とも受け取れるが、この日の『バイキング』の担当は、NHK・Eテレの番組にも関わっている制作会社だったのだ。
これを見ていた小西氏の事務所関係者が、フジテレビに抗議の電話をした。すると清原弁護士は、18年前に気づいた人形については時効が成立しているかもしれないが、新たな関連商品が見つかった場合には3年の時効は成立していないと訂正した。
こうした放送は告訴権の侵害になり、BPO(放送倫理・番組向上機構)の問題にもなり得る、という事務所関係者の猛抗議が実り、翌13日の『バイキング』に小西氏は出演。たくさんの関連商品がパンフレットに載っていることを訴えた。番組当日は清原弁護士から横粂勝仁弁護士に変わり、横粂弁護士は「昨日は著作権侵害というトークになっていましたが、厳密に言いますと、原作者は著作権で声優さんたちは著作隣接権。(時効は)損害および加害者が知った時から3年ですので、自動的に3年はスタートしない。小西さんが知った時から3年ですので、そういった意味で時効は完成していない可能性はある」と改めて見解を述べた。
法的な問題に発展する可能性を察知して、収録現場には、各新聞社から芸能記者ではなく警視庁記者クラブの記者が取材に来たという。
7月12日、ネット版スポーツニッポン「スポニチアネックス」は、『バイキング』の内容を報じるかたちで、『横澤夏子 初代声優降板騒動の「おじゃる丸」に「法的措置なんか似合わない」』というタイトルの記事を配信した。時効は成立していないという清原弁護士の訂正発言は反映されていなかった。
この記事はヤフーニュースでも配信されたため、ヤフー掲示板は「ネット民をバカにするな!」「おじゃる丸の問題はそんなことではすまされない」「時効なんかじゃない!」という声で炎上した。
小西氏の事務所関係者は「スポニチアネックス」編集部に抗議したところ、当該記事は削除され、13日の本人テレビ出演による新たな番組内容を受けて『NHK告発の「おじゃる丸」初代声優「バイキング」に生出演』という記事に差し替えられた。
NHKを告訴へ
そして8月1日、警視庁渋谷署への告訴状の提出に至った。この問題に関してNHKに電話取材したところ、「無断使用の事実はないというふうに、私どもは聞いております」との回答であった。小西氏や事務所社長らがプロデューサーと製作会社社長などから「黙って言うとおりにしないとアニメ業界で仕事できなくしてやる」と言われたことに関しては、「小西さんの契約終了まで仕事を続けておられまして、収録の話が来なくなったというものではないと、私どもは聞いております」との見解を示した。
番組を一新するという連絡だったが変わったのは小西氏だけだったことについて見解を問うと、「ここでは、それ以上のことはわかりません」と言う。
さらに、横領の疑惑については、メールでNHKより以下の回答が届いた。
「NHK関連団体およびNHKでは、ご指摘のような横領事案は起きていません。ご指摘の当該社員については、関連団体が内規に則って適切に対処しています」
仮に、著作隣接権を侵害しているとすれば重大な刑事犯罪であり、ましてや視聴者から徴収する受信料で成り立っている公共放送のNHKが、これを放置するなどしていれば、我が国の知財文化の発展を著しく阻害する行為である。
小西氏の声を愛するファンは多く、彼女はシンガーソングライターとしても、いくつもの作品を発表している。小西氏に、今後の展望を聞いたところ、こう答えた。
「シンガーソングライターで食べていこうなんてことは、さらさら思っていません。今取り組んでいるのは、子どもたちに音楽を含めて、いろんな体験をさせてあげる『アーリーラーニング』です。また自衛隊の退職者の方々への就労支援を行っています。自衛隊というのはやはり特殊な組織なので、社会に出たときのギャップで困っている退職者がいらっしゃるので、そうした方々への支援を行っています」
小西氏は、社会に向き合って生きている。今回の告訴は、自分の被った被害の回復にのみこだわったものではなく、いかに文化を守り発展させていくかという見地に立ったものといえるだろう。
(文=深笛義也/ライター)