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篠崎靖男「世界を渡り歩いた指揮者の目」第50回

クラシック・オーケストラ公演、いまだに大金をかけて紙のチラシをつくる理由

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「Getty Images」より

平成」という時代が終わります。平成は、正確には1989年の1月8日に始まりました。当時、僕は音楽大学の3年生。まだ、本物のオーケストラを指揮したこともなく、ピアノ2台の前でオーケストラ曲を指揮して、師匠にこってりと絞られている時期でした。

 平成は、天皇陛下がおっしゃったように、戦争はなかったけれど、大地震が多く発生した時代で、平成7(1995)年 には神戸淡路大震災が発生しました。僕の大叔母も瓦礫の下に生き埋めとなりましたが、運良く命だけは助かりました。この年は、1923年の関東大震災以来の大勢の被害者を出しましたが、僕はオーストリアのウィーン音楽大学指揮科に入学した年でした。その頃は、まさか20年近くも海外生活するとは思っておらず、最初の頃は日本が恋しく、日本の友人に国際電話もかけていました。当時は30分間でも話すと、ものすごい額の請求書が来る時代でした。留学した最初の1カ月、しょっちゅう日本の友人と長電話をしていたら、その月の請求書は20万円にもなり、日本にいる母親に謝って払ってもらった苦い記憶もあります。

 平成10(1998)年になり、現地にもたくさんの友人もでき、留学生活を満喫していた頃、日本からコントラバスの留学生がやって来ました。彼は見たこともない機械を見せて、「これで日本にメールや写真を送ったりできるし、ニュースなども見ることができる」と説明してくれました。それが、その年に発売されて世界中で大ヒットとなり、パーソナル・コンピュータを一般家庭の机に1台ずつ載せることになった、「ウィンドウズ98」だったのです。

 平成が終わろうとしている今、手の中に入るスマートフォンひとつで、イギリスの駅や、フィンランドの森の中、アメリカのショッピングモールからでも、日本にいる家族とラインでやりとりしたり、Facetimeで顔を見ながら話すこともできます。それだけではなく、フェイスブックやツイッターで、瞬時に世界の不特定多数に向けて発信することができます。平成は、人間のコミュニケーション方法を大きく変えた時代でもありました。

 たとえば、紙媒体の新聞は朝刊紙と夕刊紙、つまりは12時間ごとにニュースを配信しますが、今やスマートフォンさえあれば、いつでもどこでも、無料で、最新のニュースをチェックできます。朝起きてすぐに手に取る朝刊はまだましとしても、夕刊の部数減はかなり深刻と聞いたことがあります。夕刊を手に取るまでには、もうインターネットを通してすべて知ってしまっており、夕刊を買う必要がなくなります。

 調べてみると、平成13(2001)年には、朝刊紙は3370万部、夕刊紙182万部発行されていたのが、平成30(2018)年のデータでは、朝刊紙は3000万部でまだ健闘中ですが、夕刊紙に至っては88万部に落ち込んでしまっています。平成は、紙からインターネットに移った時代で、保守的ともいわれているクラシック音楽業界も大きな影響を受けました。

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