今年4月1日施行の改正出入国管理法で制度化された在留資格「特定技能」に14業種が指定された。14業種とは、介護、ビルクリーニング、素形材産業、産業機械製造業、電気・電子情報関連産業、建設、造船・舶用工業、自動車整備、航空、宿泊、農業、漁業、飲食料品製造業、外食業。法務省関係者によると「合理化を図っても、なお人手不足が著しい産業を選定した」という。
政府は向こう5年間に14業種で最大34万人を受け入れる方針を発表した。14業種のうち受け入れ見込数がもっとも多いのは介護で、5年間に最大6万人である。有効求人倍率などから、介護はもっとも人手が不足している業種と判断されたのだ。
だが、介護のハードルは他の職種に比べて高い。介護技能評価試験、日本語能力判定テスト、介護日本語評価試験を経て選抜されるのだが、法務省関係者はこう強調する。
「他の職種と違って介護は些細な仕事のミスが利用者の命にかかわりかねないので、入管審査には慎重に臨みたい。看護学部や薬学部で人体の知識を学んだ人などが特定技能の対象になるのではないかと思う」
それだけではない。日本の介護事業者が外国人労働者を確保するには2つの壁がある。
ひとつは、日本が就労先に選ばれる国かどうか。アジア各国の人材獲得は国際的な競争が激化していて「日本は外国人労働者に選んでもらいにくい国」という課題が浮上している。要因は日本語習得の難易度と在留資格要件の縛りで、ベトナムの送り出し会社の東京事務所代表は「介護職については、フィリピンの人材が、英語を使えて在留資格要件の緩やかなカナダに向かう傾向が顕著になっている」と語る。
もうひとつの壁は、介護職が不人気であることである。日本の介護業界には、特定技能14業種のなかで介護は選んでもらえる業種なのかという難題がのしかかっている。
介護が選ばれにくいのは、まず介護という仕事が知られていないことが挙げられる。ベトナムを例にとれば、まだ介護という概念が存在せず、専門学校にも大学にも介護を教える学科が開設されていない。やがてベトナムに高齢化の波が到来し、介護サービス事業者が続々と登場したときに介護職も認知されるだろうが、今はその状況にない。
海外にも不人気ぶりが知れ渡る
そして、ひとたび介護職が認知されても、次に厄介な問題にぶち当たる。前出の東京事務所代表はこう説明する。
「そもそも日本の若者に人気のない仕事は、海外の若者にも人気がない。介護職の実態や、日本の若者が就業したがらない不人気職業であることは、ネットやSNSでベトナムの若者の間にも広く知れ渡っている」
特定技能の介護職が従事する業務は、入浴・食事・排泄などを介助する身体介護、機能訓練の補助、レクレーションの実施。就労場所は特別養護老人ホームや介護老人保健施設などで、訪問系サービスには従事しない。
「例えば下の世話をする排泄介助は、人間の尊厳にかかわる尊い仕事ともいえるが、自分の祖父母の世話でも大変なのに、外国に行って見ず知らずの高齢者の排泄介助をすることに抵抗を感じてしまうのは仕方がない。特定技能に指定された他の業種と比べても、宿泊と介護を比べたら、多くの若者は宿泊を選ぶだろう」(前出・東京事務所代表)
現に、技能実習生では介護職への応募数が少なく、例えば3人募集の求人に対して応募者が4人というような状況も頻発しているという。
排泄介助がネックになることは、特定技能の受け入れ準備を進めている介護事業者も想定している。この事業者はベトナムに介護施設を開設して、排泄介助を座学だけでなく、現地の入居者に向かい合って体験させる計画を進めている。「ある程度慣れてから日本に送り出さないと、ミスマッチが起きてしまう」(同事業者)と懸念しているのだ。
さらに介護職と看護職との対比も、選ばれにくい要因に挙げられる。介護業界は特定技能の候補者を技能実習生と同様に、看護大学卒業生をメインに考え、シンポジウムやセミナーでは「看護大学を出た優秀な人材を確保できる」と期待を寄せる発言が飛び交っている。
だが、日本では医療介護専門職の序列のなかで、介護職は看護職の下位に置かれ、賃金水準も看護職より低い。看護大学や看護専門学校の卒業生はまず病院に就職し、体力的に厳しくなったり、子育てとの両立に迫られたりしてから、賃金と地位のダウンを割り切って介護業界に転職するパターンが多い。
「この実態から、ベトナムの看護大学教員には『せっかく看護大学で学んだのに、なぜ最初から介護現場で働かなければならなのか?』と疑問を口にする人もいる。ただ、ベトナムには病院とクリニックの数が少なく、看護大学を出ても看護職として働ける就職先に限りがあるため、海外で介護職に就こうという流れができている」(前出・東京事務所代表)
こうしたさまざまな問題に直面しながらも、介護職を選ぶ外国人材は、介護スキルを身につけて母国の介護事業立ち上げに貢献したいなどの目的意識を持っている。しかも、ほかに選択肢があるのに、あえて介護職を選ぶ人には心根のやさしい性格の人が多い。就労先の施設では高齢者に好かれている。できれば日本人に介護してもらいたいと多くの高齢者は望んでいるだろうが、実際に外国人に介護してもらうと、献身的な仕事ぶりから好意的に受け入れる高齢者が多いのだ。
介護事業者を翻弄する国の政策
外国人介護人材の受け入れ制度の錯綜にも触れておきたい。
外国人介護人材の受け入れには以下の4つの制度が併用されている。
(1)EPA(経済連携協定)に基づくインドネシア・フィリピン・ベトナムからの受け入れ
(2)介護福祉士資格を取得した留学生への在留資格「介護」の付与
(3)技能実習制度に基づく受け入れ
(4)在留資格「特定技能」に基づく受け入れ
屋上屋を重ねるような弥縫策が講じられているのだが、4つの制度のうちハードルが低い技能実習制度と在留資格「特定技能」が立て続けに制度化されたことに、戸惑っている介護事業者も少なくない。
技能実習制度に介護職が追加されたのは2017年11月。一部の先行的な介護事業者は18年から技能実習生の受け入れを開始しているが、その矢先に、19年4月の在留資格「特定技能」施行が決定した。10人強の技能実習生を受け入れた介護事業者は「現地での面接を重ねて、研修も含めコストをかけて受け入れて現場に配置した途端に、新しい制度が発足して面食らっている。受け入れ計画が翻弄されてしまった」と吐露する。
制度運用の流れを概観すると、実習がタテマエで制約の多い技能実習生から特定技能への人材移動が予想されるが、さらに法務省と厚生労働省は、EPAから特定技能へ移行できる措置に着手する。特定技能への集約に向かいつつあるのだ。特定技能は1号の在留期間が上限5年。2号を取得すれば家族の帯同が可能で、在留期間は3年・1年または6カ月ごとの更新で上限はない。
だが、特定技能への流れを促したところで、向こう5年間に最大6万人を確保する政府目標にどこまで迫れるのだろうか。介護技能実習生の受け入れは昨年からスタートしたばかりだ。EPAで来日した介護福祉士候補者は18年度累計4302人(985人が介護福祉士資格を取得)にすぎない。
特定技能への期待はどの対象業種の間でも大きいが、介護のみが取り残されないとも限らない――。