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官民ファンド、問われる存在意義…巨額税金投入でも成果出せず 根深い構造的問題

文=真壁昭夫/法政大学大学院教授
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 2018年9月、イノベーションの発揮を目指してJICが設立された時点で、政府は経営陣に相応の報酬を支払う重要性をある程度は認識していたようだ。それは経済産業省が開催してきた研究会や、産業競争力強化法からも確認できる。ただ、政府は高額報酬の支払いに慎重になってしまった。特に、昨年11月、高額報酬を得てきた日産のカルロス・ゴーン元会長が逮捕されたことのマグニチュードは大きかった。政府がJIC経営陣への高額報酬の支払いに対する世論の反感を避けたくなったことは想像に難くない。この結果、JIC経営陣は政府の姿勢に不信感を募らせ、最終的に一斉に辞任してしまった。

リスクマネーの供給は民間の仕事

 そもそも、官と民の発想と役割は大きく違う。政府は、自ら資金調達に奔走する必要はない。また、政府の取り組みには、採算性や効率性よりも、社会全体の公平性が求められる。それは社会全体の安定を目指すうえで重要だ。

 一方、民間企業の発想は異なる。企業が存続を続けるためには、採算性を重視してリスクを考慮し、効率的に付加価値を獲得しなければならない。理論上、それができない企業は市場原理によって淘汰されてしまう。経営者は、利害関係者(株主、地域社会、従業員など)の賛同を取り付けつつ、より成長期待が高い分野にヒト・モノ・カネの経営資源を再配分していかなければならない。

 JICの運営を見ていると、この根本的な違いをどう解消していくか、具体的な方策がまとまっていなかったように思えてしまう。特に、JICの運営にとって政府の存在感は圧倒的だ。出資金総額約3,000億円のうち、2,860億円が政府予算から拠出されている。官民ファンドと呼ばれてはいるものの、事実上は政府の意向がその運営を左右する。

 本来、民間がリスクを負担することが極めて難しい場合こそ、政府の役割が求められる。1990年代初頭、日本では資産バブル(株と不動産の価格が高騰した経済環境)が崩壊した。急速な資産価格の下落を受けて、国内企業のリスク許容度は極度に低下した。この結果、“羹に懲りてなますを吹く”というべき心理が日本経済全体を覆ってしまった。不良債権の処理は遅れ、1997年には金融システム不安が起き、景気も低迷した。

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