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滋賀県警、調書捏造…軽度発達障害のある女性、冤罪で12年服役 刑事の証人喚問を拒否

写真・文=粟野仁雄/ジャーナリスト
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滋賀県警、調書捏造…軽度発達障害のある女性、冤罪で12年服役 刑事の証人喚問を拒否の画像1
西山美香さんと池田良太弁護士 11月12日 大津市

 卑劣な刑事によって、人生の長い時間を奪われた元看護助手に来年3月、ようやく春が訪れる。

 滋賀県東近江市の湖東記念病院で2003年5月、72歳の男性患者の呼吸器を外して殺したとされ、殺人罪で12年服役した西山美香さん(39)の再審公判が来年2月に始まり、3月末に無罪判決が言い渡される見通しになった。11月12日に大津地裁で開かれた検察、弁護団、裁判所の三者協議で決まった。同日会見した西山さんは「(法廷で)何を聞かれるのか不安もありますが、正直に述べれば裁判所も検察もわかってくれると思う」などと話した。 

 三者協議では、弁護側が検察側に求めた証拠開示請求で、患者が痰を詰まらせて死亡した可能性があるとした医師の見解を記録した捜査報告書や、西山さんが「患者さんにカバーをかけていたら外れたと思う」と殺意を否定した内容の自供書などを、警察が検察に送っていなかったことがわかった。井戸謙一主任弁護人は「警察がすべての証拠を検察に送っていれば西山さんは有罪にならなかったはずです」としている。

「法廷で痰詰まりはないと言っていた医師が、それ以前に痰詰まりの可能性があるとしていた調書があったのには驚いた。確定審までにすべて出ているはず、と思っていたのに、多くが警察の手元に残されていた」(井戸弁護人)

 この鑑定医が警察の意のままに意見を変更させた疑いも濃厚だ。

 自白調書は、西山さんが優しい言葉に恋慕の情を抱いてしまったことを逆手に取った、滋賀県警の山本誠刑事による捏造である。調書では「呼吸器を外した」あと、「(男性患者が)目をぎょろぎょろさせて、ハグハグと苦しそうに口を開けていた」とか、1分以内にボタンを押せば音が止まる仕組みになっていた人工呼吸器のアラームについて、「頭の中で60数えて1分になる前にボタンを押した」などと、臨場感たっぷりの内容になっている。

 しかし、酸欠になった人が口をハグハグすることなど医学的にあり得ないことや、軽度の発達障害を抱える西山さんは日常生活に支障はないが、数字が苦手で頭の中では60まで数えられない。まさに調書が山本刑事による完全な捏造であることの証しだ。

自白調書以外の証拠なし

 会見で筆者は西山さんに「頭の中で60まで数えられないというのは本当ですか」と訊ねた。「20くらいまではわかるんですけど、40とかになるとわからなくなるんです。20まで数えて、もう一度1から数え直したりしてるんです」などと話した。調書捏造を証明する重要な鍵なので、会見終了後にも筆者は西山さんに「頭の中で60まで数えられないことを報道で公にしてもいいですか」と訊ねた。西山さんが人々から誤解されてしまう懸念を感じたためだが、西山さんは「全然構いません」と断言してくれた。

 ところが筆者は、そこで「時計はしていなかったのですか?」と訊いてしまった。西山さんは「時計はしていたはずですけど」と戸惑ったように答えた。これ以上ない愚問だった。そもそもすべては山本刑事がつくった架空の話であり、西山さんはアラーム音を消す仕組みも知らなかったのだ。西山さんへ愚かで失礼な質問をしたと後悔している。

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大津市の滋賀県警本部

 弁護団の池田良太弁護士に筆者は「山本刑事は西山さんが無実とわかっていて罪人に仕立てたと思いますか?」とも尋ねた。

「この事件は有罪立証の証拠は自白調書だけで、ほかに何も証拠はない。自白調書に出ている、目をぎょろぎょろさせるなど医学的にあり得ない内容に誘導された、調書捏造です。それを犯人しか知りえない秘密の暴露と主張していた。このあたりから、山本刑事は西山さんが無実とわかっていたと思えます」

冤罪の原因解明は遠く

 西山さんの再審請求に対し、大阪高裁は「自白調書は誘導された可能性がある」「自然死の可能性がある」として開始を決定。最高裁が今年3月に検察の特別抗告を退けて、再審の開始が決まっている。4月から始まった三者協議では、以下が決定された。

(1)検察側が新たな証拠を提出しない

(2)法医学者の証人尋問を求めない

(3)殺害に関する西山さんの自白調書を弁護側が証拠として採用しないよう求めている点について、裁判所が証拠排除しても異議を申し立てない

(4)一日で結審する

 以上より、無罪判決は確実視されている。すでに大津地検の高橋和人次席検事は「新たな立証はせず、(確定審までの裁判で)取り調べられた証拠等に基づき、裁判所に適切な判断を求めることにした」とのコメントを出した。しかし、取り調べ段階で西山さんを罪に陥れた滋賀県警の刑事の証人喚問などを拒否しており、冤罪を生んだ原因の解明や責任追及は難しい。

 西山さんは最後に「滋賀県警は汚いことをしていた。まだたくさんあると思う。証拠開示を求めても出さない。もっと報道してほしい」と話した。「冤罪に巻き込まれて失った部分もあるけど、得た部分もある」と、筆舌に尽くしがたい苦難を味わってもどこまでも前向きだった。

(写真・文=粟野仁雄/ジャーナリスト) 

【滋賀・湖東記念病院事件】

 滋賀県東近江市の湖東記念病院で2003年5月、入院中の男性患者(当時72歳)が死亡。県警は当初、人工呼吸器が外れたことを知らせるアラームが鳴ったのに処置をしなかった、と業務上過失致死容疑で正看護師を聴取していたが、アラーム音を聞いた人がおらず難航した。

 ところが04年7月、同僚の看護助手だった西山美香さんが任意聴取に対して「人工呼吸器のチューブを外した」と自白し、殺人容疑で逮捕した。シングルマザーだった正看護師を案じての自供だったが、西山さんは公判で否認に転じた。しかし捜査段階の自白調書が決め手となり、07年に最高裁で懲役12年が確定、満期服役した。西山さんが求めた第1次再審請求は11年に棄却されたが、第2次再審請求は15年に大津地裁で棄却。西山さんが17年8月に和歌山刑務所を出所した後、12月に大阪高裁が再審開始を決定し、最高裁で確定した。

粟野仁雄/ジャーナリスト

粟野仁雄/ジャーナリスト

1956年生まれ。兵庫県西宮市出身。大阪大学文学部西洋史学科卒業。ミノルタカメラ(現コニカミノルタ)を経て、82年から2001年まで共同通信社記者。翌年からフリーランスとなる。社会問題を中心に週刊誌、月刊誌などに執筆。
『サハリンに残されて−領土交渉の谷間に棄てられた残留日本人』『瓦礫の中の群像−阪神大震災 故郷を駆けた記者と被災者の声』『ナホトカ号重油事故−福井県三国の人々とボランティア』『あの日、東海村でなにが起こったか』『そして、遺されたもの−哀悼 尼崎脱線事故』『戦艦大和 最後の乗組員の遺言』『アスベスト禍−国家的不作為のツケ』『「この人、痴漢!」と言われたら』『検察に、殺される』など著書多数。神戸市在住。

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