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木村誠「20年代、大学新時代」

大学入学共通テスト、記述式導入は逆効果…「過去問活用」などで大学間協力

文=木村誠/教育ジャーナリスト
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2020年1月の大学入試センター試験の様子(写真:毎日新聞社/アフロ)

 2019年12月に延期が決定した大学入学共通テストへの記述式問題の導入は、思考力や表現力を見るのが主眼である。国語、数学I、数学I・Aで3問ずつ出題し、マーク式ではないので当然採点者がいる。国語の場合、80~120字程度で記述させ、マークシート式とは別に各小問の評価を組み合わせた総合評価をA~Eの5段階で評価する。成績の活用方法は各大学に委ねる。数学は簡単な数式などを書かせ、成績はマークシート式と同様に点数化する。

 こういえば簡単なようだが、50万人に上る受験生の答案を1カ月にも満たない短期間で人間が採点するのは、非常にハードな作業だ。入試だから、厳正な採点基準で公正公平に採点しなくてはならない。

 今まではマークシートのコンピュータ採点なので、自己採点も本人がインチキをしない限り、大学入試センターによる得点とほぼ一致する。受験生は、その自己採点をベースに受験校を決める。国公立大は原則前期・後期の2校、私立大は共通テスト利用入試なら出願に制限はない。

 ところが、そこに人間が採点する記述式が入ったらどうなるか。もちろん、誰が採点しても同じ得点になるシステムが完成していなければならないが、それは本当に可能だろうか。同じ内容の答案でも、誤字脱字や表現の微妙な違いをどう評価するか、さまざまな学力レベルの受験生が必死に書いた解答だけに、公平かつ迅速に採点しなくてはならない。厳しい時間制限があるなかで、そのような完璧な採点システムをつくれたのだろうか……。

そもそも無理筋だった記述式の共通テスト導入

 出題と採点を行う大学入試センターでは、2017年の「大学入学共通テスト実施方針」に基づき、国語および数学の記述式問題プレテストを実施してきた。同時に、障害のある受験生のパソコン入力、採点の民間委託における採点体制や守秘義務などの対策を立ててきた。最終的に、50万人の受験生に対し1万人程度の人員が必要な採点は、ベネッセコーポレーションのグループ会社、学力評価研究機構が請け負うことになった。

 ただ、その場合、採点者は基本的にアルバイトの学生となるため、不安を指摘する声も出てきた。試験本番で出題される記述式問題の採点マニュアルは当然、事前に作成される。大量の採点者に対して事前に説明する場合は、漏洩の可能性もある。受験生本人の自己採点との不一致の問題も、細かい基準など採点者に対してどんなに事前研修を重ねても採点のぶれは避けられない。

 結局、50万枚に上る答案について、採点ミスを完全になくすには技術的に限界があること、またさまざまな取り組みを行ったとしても、自己採点の不一致を大幅に改善することは困難であることが、試行錯誤をするうちに、むしろ明確になったのである。

 大学入試センター理事長は、前々から文部科学省にその問題点を伝えてきたと公表している。すなわち、担当する現場から、共通テストにおける記述式問題の導入は技術的に困難があると伝えられていたのだ。しかし、なぜか直前まで実施する方向で進んでいた。

記述式の共通テスト導入が逆効果になる理由

 専門家も、記述式問題を現行案のまま導入することは極めて危険で大きな混乱を生じると、早くから指摘していた。さまざまな制度的不備があり、公平公正な採点が期待できないだけでなく、問題や情報の漏洩、受託業者による利益相反の危険性も高まるという。最大の受験者を抱える共通テストにおいて、記述式問題の長所を損なう悪しきモデルを掲げることは、むしろ将来に悪影響を残すと懸念している。

 確かに、入試の記述式問題にはマークシート式にはない意義や可能性がある。受験生の個性的な答案によって、単なる知識の有無と正確さを検証する以上に、大学教育に適性があるかどうかを判断できることも少なくない。

 私が以前、旧帝大系の入試出題官の先生に取材したところ、数学の記述式問題では、出題官や専門の教員が想定できる限りの解法を採点基準に示すという。問題によっては7~8通りの解法が想定されることもある。ところが、なかには想定以外の解法で正解を導き出す受験生がいる。そんなときは感動した、と話す。これぞ論述・記述式の妙味であろう。

 国語でも、やや長い論述・記述問題なら、採点する先生が感心するような解答がある、といわれる。それが記述式問題の良さであり、その対策として、多くの受験生が考えて書く受験勉強を積み重ねることは、大学入学後の教育においても大きな財産になる。ところが、短期間に大量の採点をするために、正確かつ迅速に処理することが最優先される記述式問題の共通テストへの導入は逆効果となる。定型的な答案が正解とされる出題だからだ。

 今までの共通1次試験から大学入試センター試験に続いたマーク式出題は長い間に洗練され、進化している。単純な知識を問う設問だけでなく、総合的に考えないと迷うような選択肢を選ばせる出題や、思考力や判断力を見るように工夫された設問も少なくない。表現力についても、出題形式を工夫して的確な表現はどれかを問う設問もある。本人に書かせれば表現力が判定できるる、という単純なものではない。

「過去問活用」に100大学以上が参加

 現在の国立大学の一般入試はセンター試験と2次の個別試験があり、原則その総合点で合否判定される。この個別試験では、論述・記述問題や小論文で表現力を見ることもできる。だから、共通テストで記述式問題がなくても、表現力を問う機会が十分にあるわけだ。公立大学も、ほとんど同じ入試形態である。

 多くの私立大学は入学者の半数がAO入試や推薦入学であり、その場合、小論文が課されることも多い。また、一般入試では論述・記述問題が出題される大学がほとんどだ。だから、受験生は記述式の対策をするのが一般的だ。現状の入試が表現力を問うていないというのは事実誤認だ。

 入試の出題や採点は、その大学が独自に担うべきである。ところが、それができる大学とできない大学に分かれつつある。論述・記述を含めた入試問題の作成と採点が、どの大学にとっても大きな負担になっているのだ。

 1991年の大学設置基準改正で大学における教養部がなくなり、一般教育科目などを担当していた、高等学校の教育を踏まえた入試問題の作成や採点を担える人材が少なくなった。また、私立大学などでは入試の多様化で作問や採点の回数も増えた。採点はともかく、作問を外注している大学は今では少なくない。こうした事情から、出題ミスも増加したといわれる。

 入試における大学教員の負担を軽くし、ミスを減らすために「入試過去問題活用宣言」を掲げる大学も増えている。他大学の過去の入試問題をお互いに活用しようというアイデアだ。現在、120近い大学が参加している。他大学の過去問を、お互いにどんどん使えるようにすべきだ。

 また、共通テストに記述式問題を導入するにも、国語の記述式で大学入試センターが作問し、一部をセンターが採点し、残りは大学側が2次試験に利用して採点するという案が検討されたこともある。

 公正公平が求められる入試で、論述・記述式問題の出題によって受験生の表現力を高めるためにはどうしたらいいか、試行錯誤が続けられている。

(文=木村誠/教育ジャーナリスト)

木村誠/大学教育ジャーナリスト

木村誠/大学教育ジャーナリスト

早稲田大学政経学部新聞学科卒業、学研勤務を経てフリー。近著に『ワンランク上の大学攻略法 新課程入試の先取り最新情報』(朝日新書)。他に『「地方国立大学」の時代–2020年に何が起こるのか』(中公ラクレ)、『大学大崩壊』『大学大倒産時代』(ともに朝日新書)など。

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