「斜陽カテゴリーの復権の予感がする」
本田技研工業(ホンダ)が7年ぶりにフルモデルチェンジを敢行した「フィット」を目にして、触れて、走らせて、冒頭の思いが頭をよぎった。
フィットが属する小型モデル群は、1990年から2000年代のコンパクトカーブームを牽引した。排気量2リッター以下、全長4.7メートル以内がおよそのイメージとなる小型車クラスである。
トヨタ自動車「ヴィッツ」や日産自動車「マーチ」、三菱自動車工業「コルト」、マツダ「デミオ」といった人気モデルが覇を競った。2005年には計200万台超が売れた。バブル景気が過ぎ去り、時代は節約志向だったことも重なり、次々とヒット作が誕生したのだ。
だが、その勢いも過去のものだ。軽自動車が広く豪華になり、コンパクトカーの魅力は薄れた。コンパクトなSUV(スポーツ用多目的車)が勢いを伸ばしたことも影響した。05年には200万台を超えていたのに、19年には123万台にまで落ち込んでしまったのである。かつての花形が、今では市場の3割に満たないという凋落ぶりである。
だが、復権を予感させたのは、フィットの完成度が高いことに加え、ライバルであるトヨタ「ヤリス(旧ヴィッツ)」がデビューしたことである。本来ならばフィットは、3カ月前のデビューを計画していた。だが、採用予定だった電動ブレーキの生産問題でつまずき、デビューが3カ月遅れた。偶然にも、それがトヨタ・ヤリスのデビューと重なった。コンパクトカー市場を牽引してきた2モデルが刷新されたことで、市場が活気づくのではないかと予想している。
時代は新型コロナウイルスに翻弄されている。市場購買力が弱くなっている今、ドル箱になるかといえば首をかしげざるを得ないが、シェア拡大の起爆剤にはなる。かつてのコンパクトカーブームがそうであったように、時代がシュリンクしているときこそ人気が得られるのが、この経済性に優れた小型車だからだ。
さて、そんなフィットは、ホンダの意気込みを強く感じるものである。決して奇をてらわず、真面目な志で開発された印象が強い。与えられたキーワードは「心地よさ」である。肌触り、視界、乗り心地、すべてが適度に心地いいのである。
それは運転席に座った瞬間に意識することができた。視界が驚くほど広いのである。Aピラーを半分の太さにし、フロントガラスのすき間に三角窓を埋め込んだ。これにより、サニールームにいるような開放感に包まれる。
シートも心地いい。大衆車にありがちなチープな印象はない。しっとりと座面全体で体を支える感覚が強いのだ。長時間のドライブでも疲労は少ないだろう。
エンジンにも手が加えられている。1.3リッターのガソリンと1.5リッターのガソリンハイブリッドをラインナップ。イチオシはハイブリッドだ。というのも、「インサイト」などに搭載されていた2モーターハイブリッドをコンパクトボディに詰め込むことに成功したからのだ。
これによって、走りは力強く経済的になった。エンジンを発電機として活用し、モーターパワーだけで走行する瞬間と、モーターとエンジンが重なり合いながら加速する瞬間がある。いわばシリーズ式ハイブリッドとパラレル式ハイブリットを合体させた機能なのだ。力作である。
乗り心地がまた驚くほどいい。格上の300万円級モデル以上のしっとりとした乗り味である。
なぜホンダは、この斜陽カテゴリーにも力を込めるのか。確かにシェアは右肩下がりではある。だが、それでもまだホンダの人気モデルであり、約30%のシェアがある。まだまだ稼いでもらわなければならないのである。そんなホンダの力作フィット、これは売れるに違いない。そんな予感がする。
(文=木下隆之/レーシングドライバー)