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藤和彦「日本と世界の先を読む」

コロナ「自粛警察=歪んだ正義」批判で隠れる本質…自己犠牲を厭わない真面目な人ほど陥る

文=藤和彦/経済産業研究所上席研究員
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「Getty Images」より

 新型インフルエンザ等対策特別措置法に基づく緊急事態宣言が長引くにつれ、「自粛警察」と呼ばれる動きに関心が集まっている。自粛警察とは、緊急事態宣言の下で外出や営業などの自粛要請に応じない個人や店舗に対して、私的な取り締まりを行う一般市民のことを指すとされている。

 自粛警察という言葉は、ヤフーのリアルタイム検索では4月上~中旬からみられていたが、多くても1日に500件程度だった。転機になったのは4月28日、朝のワイドショーがこれを取り上げ、著名人が相次ぎ「自粛警察がトレンド入りしているけれど良くない」とツイートしたことで、ゴールデンウィーク入りした29日には検索回数が7000件以上となり、その後も高水準で推移している。

 自粛警察については、「正義の暴走」や「歪んだ正義」と批判的な見方が大方だが、このように単純に結論づけるだけでいいのだろうか。

 NHKは5月9日、自粛警察に関する報道を行ったが、自粛警察を行ったとされる人たちは匿名インタビューに対して「自粛警察と呼ばれる行為をしたつもりはない」と回答している。

 筆者が関心を持ったのは、介護施設に勤務する30代の男性がコンビニエンスストアでマスクをせずに電話をする男性を見かけ、地元の自治体に通報したというケースである。「施設で暮らす高齢者に感染を広げまいと細心の注意を払う中、対策を採っていないように見える人が本当に許せなかった」とした上で、「自粛警察と呼ばれる行為に全面的に賛成はできないが、対策をとらない人は自由に行動し、注意して生活する人ばかりが疲れてしまっている。事態を良くするには、こうするしかなかった」と話していた。

 ヒト、モノ、カネが圧倒的に不足する状況下で、介護崩壊を必死に食い止めようとする彼が、街中で無責任な行動をとっている人に対して、怒りを覚えるのは納得できる。心理学では、実験を通して「普段誰かのために自己犠牲を厭わず真面目に働く人が、理不尽な行為に接すると、自らの損失を顧みず、どんな手を使ってでも、相手に目にもの見せてくれようと燃え立ってしまう」ことが知られている。

 この義憤に駆られた行動は、体の中で自然に合成され、精神安定剤とよく似た構造を持つセロトニンという脳内物質が関係していることがわかっている。脳内でのセロトニンの量が少ないほど、利他的行為を行う半面、理不尽な行為に対する許容度が低い傾向があり、日本人の脳内のセロトニン量の分泌量は世界でも最も少ない部類に入ると言われている。脳の生理的な仕組みから見て、自粛警察という現象は日本人の強みが引き起こす負の側面であるといえるのかもしれない。

日本社会が抱える問題も浮き彫り

 自粛警察の犠牲になった人の話からは、日本社会が抱える問題も浮き彫りになる。前述のNHKの放送では、杉並区のライブバーが取り上げられていた。東京都からの自粛要請を受け、4月から客を入れての営業を取りやめていたが、4月26日に客を入れずに歌手のライブを行い、その模様をインターネットで配信するという新たな取り組みを実施した。するとライブの最中、何者かに店の出入り口に「自粛してください。次発見すれば、警察を呼びます」などと書かれた紙が3枚貼り付けられていたという。

 東京都が示す感染防止の対策(換気や消毒等)を講じた上で実施したにもかかわらず、十分な理解が得られなかったことに、ライブバーの経営者は「誤解を受けたのは残念で、店側も配慮が足りなかった。不安な時期だから指摘をしたい気持ちもわかるが、お互いに落ち着いてできることをやっていくしかない」と話していた。

 専門家は「人にはそれぞれ事情があり、非常時の最適な行動も人によって違うことを理解しなければならない」と呼びかけている(5月9日付時事通信)が、地域社会におけるコミュニケーション不足という古くて新しい問題が露呈したかたちである。

新たな「近隣トラブル」

 自粛警察という現象は、緊急事態宣言の発令で生じた新たな「近隣トラブル」なのかもしれない。近隣トラブルは昔から存在しているが、現在発生しているトラブルの背景には深刻な文化の壁がある。そもそもライブバーやインターネット配信という仕組みを知らない近隣住民が存在していたことが、今回の問題の背景にあるのではないだろうか。ルールを知らず言語が異なることから、ゴミの分別などで外国人との間でトラブルが発生することが多いが、同じ日本人の間でも残念ながら同様の問題が生じているのである。

 騒音問題を中心に近隣トラブルの解決に取り組んでいる「騒音問題研究所」の橋本典久代表は「騒音トラブルは、音量ではなく、音の発生者とそれを聞く人との関係に起因するものがほとんどである。都市部では『お互い様』という言葉はもはや死語である。トラブル解決の鍵は人間関係の構築にある」と指摘する。

 橋本氏が注目するのは、米国の「近隣司法センター(NJC)」という制度である。住民同士の小規模紛争をボランティア調停員が法廷外で解決するものであり、州が財政面から支援している。NJCでは双方が納得できる解決策を導き出すまで徹底的に話し合うことができるように、十分な訓練を受けた調停員がサポートするという。橋本氏は、2017年3月から日本版「近隣トラブル解決センター」を青森県八戸市に設立しようとしているが、自治体などからの支援が得られずいまだに実現に至っていない。

 NHKの取材に対し、専門家は「自粛警察は、ほとんどの人に悪意はなく過剰な防衛本能が問題行動を引き起こしている。行き過ぎると世の中を分断することにつながり感染予防に逆効果となる」と冷静な行動を呼びかけているが、無意識のうちに自粛警察的な行動を取りがちな日本人に対する社会の備えがなくてもよいのだろうか。

 新型コロナウイルスとの闘いが長期化することが予想される中にあって、日本にも警察や地方自治体に代わるNJCのような組織が必要な時代が到来しているのである。

(文=藤和彦/経済産業研究所上席研究員)

藤和彦/経済産業研究所コンサルティングフェロー

藤和彦/経済産業研究所コンサルティングフェロー

1984年 通商産業省入省
1991年 ドイツ留学(JETRO研修生)
1996年 警察庁へ出向(岩手県警警務部長)
1998年 石油公団へ出向(備蓄計画課長、総務課長)
2003年 内閣官房へ出向(内閣情報調査室内閣参事官、内閣情報分析官)
2011年 公益財団法人世界平和研究所へ出向(主任研究員)
2016年 経済産業研究所上席研究員
2021年 現職
独立行政法人 経済産業研究所

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