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木村誠「20年代、大学新時代」

大学院生の受難…“エリート”だから国の授業料減免&給付型奨学金の対象外、文科省の失策

文=木村誠/教育ジャーナリスト
大学院生の受難…エリートだから国の授業料減免&給付型奨学金の対象外、文科省の失策の画像1
東京電機大学の東京千住キャンパス(「Wikipedia」より)

 5月中旬に決まった、経済的に困窮した学生への1人当たり給付額は、住民税課税世帯が10万円、非課税世帯は倍の20万円である。コロナ感染症拡大の影響でアルバイト収入が減るなど、経済的に修学の継続が困難になった大学生(学部生)だけでなく、短大生、高等専門学校生、専門学校生、日本語学校の生徒、大学院生(以下、院生)も含まれている。

 ところが この4月から高等教育無償化政策としてスタートした高等教育の修学支援新制度(授業料等減免・給付型奨学金)の対象からは、院生は除外されている。なぜなのか。

まだまだ“エリート扱い”の院生

 結論から言えば、院生は同世代のなかで比率的に10%にも達しておらず、今でもエリートと言えなくもないからだ。学部生や専門学校生とは違うのだ。

 2019年の学校基本調査によれば、大学・短大進学率は58.1%、専門学校進学率は23.8%で、合計すると80%を超えている。いわゆるユニバーサル段階で、高卒の多くが進学する。そのため、学力があるのに経済的理由で大学や専門学校に進学できない者にとっては、将来的に学歴による賃金格差が生まれる。家庭を持ち、その子弟の進学にも影響するようになれば格差が固定化してしまう、という懸念がある。高等教育の修学支援新制度の主眼は、その懸念解消にある。

 その視点から考えれば、大学院に進学する者は学部生のうち10%前後で、修士課程修了者の数は年に7万2000人前後である。博士課程も含めて、院生全体で25万4600人前後であり、学部生260万9000人の10%にも満たない。

 この進学率や在学者の数から、院生は、まだ格差是正を重視すべきユニバーサル段階とは見なせない。まだエリートであり、無償の給付対象にはなじまない、というのが政策当局者の判断のようだ。

文科省の大学院重点化で院生の質が低下?

 しかし、その文部科学省こそが大学院重点化の旗振りをしたのである。戦後の大学は、学部を土台に教育研究組織がつくられてきた。大学の先生は学部の教員であり、大学院は兼任ということが多かった。

 ところが、平成に入ってグローバル化が進み、要求される教育研究レベルが高度化してきた。海外におけるビジネスの相手も修士・博士の外国人がほとんどという業界も出てきた。そのため、産業界の要請もあって、1990年代に入ると大学院の重視政策が打ち出された。学部より大学院に重点を置く大学への転換である。

 それを受けて、有力国立大の多くは組織的に大学院の重点化を進めた。北海道大学、東北大学、筑波大学、東京大学、一橋大学、東京工業大学、東京農工大学、東京医科歯科大学、新潟大学、金沢大学、名古屋大学、京都大学、大阪大学、神戸大学、岡山大学、広島大学、九州大学などだ。ただ、教育研究活動をほぼ大学院へシフトした大学は多くはない。教員の所属を大学院に変えただけの大学もある。

 その注目すべき数値として、学部入学定員と大学院入学定員がある。旧帝大系は北海道大や大阪大を除き、大学院入学定員のほうが多い。旧帝大系の多くは国の大学院重点化構想に添ったものと言えよう。その他の国立大は首都圏の筑波大や東京工業大などを除き、学部の入学定員のほうが多い。

 私立大でも、将来的に18歳人口減少を視野に入れて大学院にウエイトを置く計画の早稲田大学などが出てきている。現状でも、早大は学術院という大学院のような組織をつくり、教員を所属させている。

 この大学院重点化によって、少なくない数の大学が学部の定員の一部を大学院に振り替えて、定員を急に増やした。そのため研究者志向も薄く、今まで大学院進学を考えなかったような層が入学してきた。どこの大学院でも、院生の質の低下を招いたと言われる。

 特に1995年から2009年頃までの就職氷河期には、学部卒業時によい就職先を見つけられなくて緊急避難として大学院に進学する者さえ出てきた。しかし、それにともない、大学院を出たけれど好条件の働き口を見つけられず、高学歴ワーキングプアという大学院卒業生も生まれた。

 理工系や医療系を除き、文系、特に人文科学系の大学院出身者の進路の現状は厳しく、大学研究者の採用が狭まり、数校の非常勤講師で生活せざるを得ない修士や博士も増え、近年社会問題となっている。果たして、彼女ら彼らがエリートだからという理由で修学支援新制度の対象外にすべきなのか、実態から見るとかなり疑問だ。

収入減に悩む院生の実態

 全国大学生活協同組合連合会の「緊急アンケート」に寄せられた院生の声を見ると、新型コロナによる学生生活への打撃は学部生と変わらない。

 比較的恵まれていると思われている医歯系の院生にとっても、厳しい状況だ。ある国立大医学部の院生は「職業柄、需要が増えているがリスクも相乗しているため、精神的な緊張感は変わらない」と話す。

 ある歯学部の院生は、こう嘆く。

「バイト先の総合病院、自分の大学病院の仕事が4月から減少し、5月は仕事がありませんでした。それに伴い、6月は無収入です。しかし、非常勤医師のため、休業補償等はなく、院生ということから大学からの援助金すらありません(学生課に確認済み)。ただでさえ、通常時も研究と診療の両方やらざるを得ず、週6で働いています。収入がなく本当に困っており、貯金を切り崩している状態です。国家資格があるからと、コロナの状況下で給付がまったくないのは、つらいです。医師や看護は仕事があるとは思いますが、歯科はありません」

 ある私立大の院生も、以下のように話す。

「学内のTA(授業や教学の活動をサポートする院生)をアルバイト先にすることを考えていたが、オンラインへの移行によって業務が消滅した」

 同様の声は、有名私立大のキャンパス閉鎖の長期化で増えている。オンライン授業でのTAの役割を検討する必要がありそうだ。

「高校生に英語を教えるバイトをしていますが、休校が続くなか、アルバイトの予定もなくなっています」という声もあり、院生の有力バイト先であった学習塾や家庭教師などからの収入も途絶えがちだ。同時に、「コロナで実験の予定が大幅に狂い、アルバイトをする時間がなくなっている」というように、研究面への影響も少なくない。

 日本の大学の教育研究活動の土台を実質的に支える院生への経済支援は、今こそ必要になっている。大学院重点化を叫びながら、経済的にピンチの院生に対して、まだまだエリートでユニバーサルではないからと、給付対象から外すのは筋が通らない。

東京電機大の「若手研究者育成支援制度」

 そんななかで私が注目しているのが、東京電機大学の大学院先端科学技術研究科(博士後期課程対象)でこの春に新設された支援制度だ。学生が研究教育に専念できるよう、院生の身分を有したまま一定の収入を保障する有給の「特任助手(任期付)」として大学が雇用し、研究者としてのキャリアを支援するものだ。

 専任教員としての待遇で、安定的かつ自立的な研究生活を送るため、年収240万円を保障。さらに、研究費(上限50万円/年)、学会出張旅費(上限20万円/年)の申請が可能となる。総合研究所の所属となり、研究テーマに基づく外部研究資金の獲得やプロジェクト研究への参画などができ、専任教員として授業補助と研究指導(対象:学部生・修士課程の学生)をすることによって、研究教育経験を積める。

 21年度から支援制度が適用されるので、応募資格は21年度の同大の先端科学技術研究科(博士課程)への入学志願者と、20年度の同大の先端科学技術研究科(博士課程)2年次までの在学生などだ。

 このように、院生に対する経済的支援の充実が、日本の大学の教育研究水準の向上にとって必要条件であろう。

(文=木村誠/教育ジャーナリスト)

木村誠/大学教育ジャーナリスト

木村誠/大学教育ジャーナリスト

早稲田大学政経学部新聞学科卒業、学研勤務を経てフリー。近著に『ワンランク上の大学攻略法 新課程入試の先取り最新情報』(朝日新書)。他に『「地方国立大学」の時代–2020年に何が起こるのか』(中公ラクレ)、『大学大崩壊』『大学大倒産時代』(ともに朝日新書)など。

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