榎本博明「人と社会の役に立つ心理学」

子どもの読解力、低下が深刻…中学生の半数が教科書を理解困難、「事実」「意見」区別できず

「Getty Images」より

 前稿で、国語の入試で実用文が出題され、国語の授業で実用文の読み方を学ぶようになる可能性が高まっていることを指摘し、そうした傾向に対する懸念を表明した。従来は小説や随筆・評論を中心に学んできた国語の授業で、自治体広報や駐車場契約書の読み方を学ぶなんてあり得ないという人もいるだろう。

 だが、思い出してほしい。かつて英文の小説や評論を日本語に訳す学習の場だった大学の英語の授業で、外国人に道を教えるなど英会話の訓練をしたりしているではないか。

 では、なぜ実用文を国語で扱う必要が出てきたのか。そこには読解力の欠如という深刻な問題が深く関係している。

子ども・若者の読解力の低下

 学力の国際比較をする際に参照されるのが、経済協力開発機構(OECD)が2000年から3年ごとに各国の15歳(日本では高校1年生)を対象に実施している学習到達度調査「PISA」である。

『教育現場は困ってる』(榎本博明/平凡社新書)

 PISAでは、わかりやすく言えば、数学、科学、読解力の3つの能力をテストを用いて測っている。最新の結果として、2019年12月3日に2018年のデータが公表された。日本は、数学(6位)と科学(5位)はこれまで同様に世界のトップ水準を維持したが、読解力は前回の8位から15位に大きく順位を落とした。それにより、日本の子どもたちの読解力の低下の危機が改めて認識されることとなった。

 読解力に関しては、2000年の8位から2003年に14位と大きく順位を落とし、教育界に衝撃が走り、それがゆとり教育の見直しにつながっていった。その後、読解力の成績は向上し、2009年8位、2012年4位、2015年8位というように、世界のトップ水準を維持していた。ところが、ここに来て再び読解力の低下という問題が浮上したのである。

 このような読解力の低下の問題は、国際比較のみならず、国内の調査データでも明らかになっている。人工知能研究者の新井紀子氏による学力調査の結果によれば、中学生の約2割は教科書の文章の主語と目的語が何かという基礎的読解ができておらず、約5割は教科書の内容を読み取れていないという。

 教育現場に身を置く者なら、だれもが生徒・学生の読解力の低下を日頃から感じているはずだ。私の研究領域では、心理検査やアンケート調査を実施することがあるが、質問項目の意味がわからないという学生がいて結果を信用しにくくなってきたといった話題がしばしば出る。たとえば、「内向的」「引っ込み思案」「情緒不安定」「むなしい」「事なかれ主義」といった言葉の意味がわからず質問する学生がいる。

 授業に関しても、「大事なことは大きな字で色を変えてください。そうでないと、何が大事なのかわかりません」「影響関係は矢印で結んでください。そうしてくれないと、何が何に影響したんだかわかりません」などといった要望が出る。教科書を読んでも、話を聞いても、何が大事か読み取ることができず、影響関係を読み取ることもできないのだ。

PISAで出題された読解力問題

 PISAで出題された読解力の問題の一部が公表されているのでみてみよう。本文は省略するが、書評の体裁をとる本文の中から、以下の5つの文をそのまま抜き出してあり、それぞれの文が「事実」であるか「意見」であるかを問う問題となっている。

(1)本書には、自らの選択とそれが環境に与えた影響によって崩壊したいくつかの文明について書かれている。

(2)中でも最も気がかりな例が、ラパヌイ族である。

(3)彼らは有名なモアイ像を彫り、身近にあった天然資源を使ってその巨大なモアイ像を島のあちこちに運んでいた。

(4)1722年にヨーロッパ人が初めてラパヌイ島に上陸した時、モアイ像は残っていたが、森は消滅していた。

(5)本書は内容がよくまとまっており、環境問題を心配する方にはぜひ読んでいただきたい一冊である。

 正解は、(1)(3)(4)が「事実」、(2)(5)が「意見」である。これがすべてできて正解とするが、正答率は日本が44.5%、OECD平均が47.4%であり、日本の正答率はOECD平均より低かった。だが、いずれにしても半数以上が間違えているのである。

 選択肢は、本文からそのまま抜き出された文なので、内容が正しいかどうかをじっくり検討する必要はない。ただ、その文が「事実」を記したものなのか、それとも「意見」を記したものなのかを判断すればよいだけである。単に形式を判断するだけである。それにもかかわらず、高校1年生の半数以上ができないのである。これは、まさに読解力の危機と言わざるを得ない。

 このように読解力の低下という問題が深刻化しており、ほんの基礎的な読解にも行き詰まる子どもや若者が非常に多くなっている。これでは実用文さえ読解できず、社会に出てからさまざまなトラブルを生じかねない。そこで、国語の授業では文学など鑑賞している場合ではない、もっと基礎的な実用文の読解を強化しなければならないということになったのだろう。

読書時間0の大学生が5割

 このような読解力の低下には、スマートフォンの普及と機能の飛躍的な発達により、このところ読書離れが急速に進んでいることも無関係ではないだろう。全国大学生活協同組合連合会が毎年全国の国公私立30大学の学生を対象に実施している学生生活実態調査によれば、読書しない学生の比率がこのところ急激に高まっている。

 1日の読書時間が0、つまり読書をまったくしないという学生の比率は、2012年までは30%台半ばを推移していたが、2013年以降高まり続け、ついに2017年に53.1%と過半数に達した。直近の2019年のデータをみても、48.1%とほぼ半数の学生が読書時間0となっている。

 もちろん今でも読書に熱心な学生もおり、26.8%の学生が1日1時間以上の読書時間を保っている。大雑把に言えば、毎日1時間以上読書している学生が4分の1ほどいる一方で、読書はまったくしないという学生が半数ほどいることになる。いずれにしても、読書しない学生がここ10年くらいの間に急激に増えている。

 読書をしない大学生たちは、大学生になってから急に本を読まなくなるというわけではない。中学生や高校生の頃から読書する習慣がなかったものと考えられる。それが読解力の低さにつながっているのだろう。

 子どもや若者の読解力の低下により、国語教育の大改革が構想され、実用文の読解を国語の授業で学ばせようということになったと考えられる。だが、読書をしない子どもや若者がここまで増えている現状を考えると、せめて国語の授業は、文学に触れ想像力を養ったり、優れた評論を読んで知的刺激を受けたりして、教養を身につける場であってほしい。小説や評論を味わいながら文章の意味を考えることで読解力は自然に鍛えられ、実用文のような単純な文章は容易に読み取れるようになっていくはずである。

(文=榎本博明/MP人間科学研究所代表、心理学博士)

榎本博明/心理学博士、MP人間科学研究所代表

心理学博士。1955年東京生まれ。東京大学教育心理学科卒。東芝市場調査課勤務の後、東京都立大学大学院心理学専攻博士課程中退。川村短期大学講師、カリフォルニア大学客員教授、大阪大学大学院助教授等を経て、MP人間科学研究所代表。心理学をベースにした執筆、企業研修・教育講演等を行う。著書に『「やりたい仕事」病』『薄っぺらいのに自信満々な人』『かかわると面倒くさい人』『伸びる子どもは○○がすごい』『読書をする子は○○がすごい』『勉強できる子は○○がすごい』(以上、日経プレミアシリーズ)、『モチベーションの新法則』『仕事で使える心理学』『心を強くするストレスマネジメント』(以上、日経文庫)、『他人を引きずりおろすのに必死な人』(SB新書)、『「上から目線」の構造<完全版>』(日経ビジネス人文庫)、『「おもてなし」という残酷社会』『思考停止という病理』(平凡社新書)など多数。
MP人間科学研究所 E-mail:mphuman@ae.auone-net.jp

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