ライフネット生命、破竹の快進撃始まる…解約を無理に引き留めない理由とは?
新型コロナウイルス感染拡大で業績悪化に悩む企業が多いなか、株価が一時、約3倍(2020年8月末時点)に急上昇している企業がある。ライフネット生命保険だ。コロナ禍を受けネットビジネスにシフトチェンジして苦戦を強いられている企業や個人事業主も多いが、オンライン生保として培ったノウハウが時代にマッチしたという偶然なのか、それとも新たな秘策を打ち出した結果なのか。同社代表取締役社長の森亮介氏に迫った(以下、敬称略)。
――貴社は対面販売が常識とされた生命保険業界に風穴を開け、今や破竹の勢いで業績を伸ばしていらっしゃいます。生命保険業界のみならず中小企業や個人事業主に何か少しでもヒントになるようなお話を教えていただければと思います。
森 当社は社員160名と小規模な企業です。また、数年前まで、とても長く苦しい時期を経験しました。こうした苦い経験から学んだこと、小所帯ならではの工夫のようなお話でしたら、多少、お伝えできるのかなと思います。
――まず、2020年度第1四半期の実績を教えてください。
森 保有契約年換算保険料は164億6100万円(対前年度末比106.1%)、新契約年換算保険料11億6600万円(前年同期比141.9%)、新契約件数は2万8136件(前年同期比147.2%)で、四半期決算としては過去最高を達成しました。
――コロナ禍でも株価も急上昇しました。
森 確かに、この半年間で資本市場からの評価は大きく高まりました。足元の契約業績伸長と、将来へのさらなる成長期待が反映された結果と受け止めています。新契約件数の急増に投資家の方が注目してくださったことも一因だと思いますが、なんといっても、これまで当社を支えて下さったステークホルダーの皆様のお陰です。
――株価上昇狙いで何か施策を打ち出したとか?
森 いえいえ、今年4月に新契約件数が前年同月比198%となりましたが、この業績は当社のプロモーション活動だけでは説明がつかない結果です。主に2つの環境の変化が影響したと受け止めています。ひとつは、ここ数年でお客様がEコマースやオンラインゲーム、動画配信サービスへの課金などが増えたことで、より多くのことをオンラインで済ませたいという方々が増えましたよね。さらに、これまでは対面販売が常識といわれた金融の世界でもデジタル化が進んだ結果、当社のウェブサイトをご覧いただくことにつながったと受け止めています。
あとひとつは、新型コロナウイルスによる外出自粛の影響は、やはり大きかったですね。外出自粛期間中に、ご自宅で固定費の見直しをされた方が多くいらっしゃったと考えています。特に保険は見直しの優先順位が高いものです。それだけでなく、新たな動きがありました。
――それは何でしょうか。
森 実は20代の方の死亡保険のお申し込みが増加したのです。「20代独身に死亡保険は要らない」と考えるお客様も少なくないですし、個人的にも親族の生活費の面倒をみるなどの事情がおありの方以外は、大きな死亡保障は不要との考えを否定しません。
しかし、自粛当初は新型コロナウイルスに関する情報が錯綜していたこともあって、自身の万が一に対する備えへの意識が高まり、親族を思って加入された方もいらっしゃるのかもしれません。
スマホファースト
――確かに死を考えることに年齢は関係ないですものね。以前、業績が伸び悩んだ時期もあったようですが、その時の教訓は?
森 当社は2008年にオンライン専業の生命保険会社として開業し、当時のお客様のお申し込みの大半はPC経由でした。それが2013年から2015年頃まで新契約が伸び悩むようになりました。世の中でスマホが普及したものの、当社のウェブサイトがスマホに最適化ができていなかったことが原因でした。その後は、スマホファーストで、ウェブサイト上の導線やお客様の体験を設計し直すことに注力したことで、2016年度から直近の2019年度まで、新契約業績の伸長が継続しています。この経験を通して、ネットビジネスを手掛けるにはPCとスマホビジネスは違うということを認識しなければならないと実感しています。
――何が違ったのでしょうか。
森 PCの表示画面を圧縮すればスマホでも通用すると思いがちですが、そうではなかったということです。スマホはPCより表示画面が小さいため、よりわかりやすく、操作もスムーズにできなければなりません。生保業界の中で一番わかりやすいということに意味はありません。お客様の期待値は、Amazonなど他のインターネットサービスを利用した時の体験で形成されるので、それらと同レベルの体験を提供していく必要がありました。PCのウェブサイトとはまったく別物として、一から構築しなければならない現実を突きつけられました。結果的に、整備に数年を要したというのが実情です。
――どう変革されたのですか。
森 テクニック以前に、何よりも重要なことがあります。誰のため、なんのための改革か、そもそも当社の商品とは何かということを社員一同に周知徹底することです。「仏つくって魂入れず」ではありませんが、いくら見栄えが良くても機能せず、自己満足で終わってしまう危険性があります。
――では、貴社の商品とはなんですか。
森 狭義の意味では、約款に書かれたものを具現化したのが保険商品ですが、当社は商品の提供だけでなく、ご契約前の情報提供から始まり、ご契約後の管理、保険金・給付金のお支払いまでの一連の体験が商品だと考えています。お客様が主人公ということはいうまでもありませんが、例えば、お子様が誕生された方に、保険に加入する必要性に気づいていただくことも保険会社としての責務だと考えます。
そのために、保障内容のわかりやすさ、お申し込み手続きの際のウェブサイトの操作のなめらかさ、給付金手続きの簡単さは当たり前で、これらを含めて、当社の商品だと申し上げたいです。解約手続きについても、お客様のことを第一に考えるならば、無理に引き留めるものではないとの考えのもと、お客様専用のマイページでスムーズに手続きが完結します。
――生命保険業界は解約防止に躍起になるものです。
森 お客様にもそれぞれのご事情や環境の変化があると思います。保険会社の都合を押しつけることはできないというのが当社の方針です。また、いつか保険を検討したいと思っていただいた時に、思い出していただければ嬉しいです。
地道な作業の積み重ね
――スマホのウェブサイトのあり方を変革したということですが、具体的には?
森 専門チームのメンバーが中心となり、スマホを前提に、ウェブサイトに来ていただいたお客様が、ご自身のニーズに合った商品を選べるようラインアップを設計し、表現のわかりやすさを追求しました。変革というと、ガラッと大きく変えることをイメージされますが、当社が取り組んできたことは、ものすごく地道な作業の積み重ねで、今でも日々、ウェブサイトの改善を続けています。ウェブサイトの「10秒保険料見積り」も好評をいただいていますが、これも何度も改善を重ねた結果が今に至ったもので、一朝一夕でできるというようなものではないのです。
――どんな陰の努力がありますか。
森 例えば、あるページから先をご覧いただく人数がガクンと減っているとします。どうやら見直すべき要素はそのページにあるとわかっても、どこの箇所でどう変更するのが正解なのかの答えが、すぐに見つけられるほど簡単ではありません。専門チームメンバーが何十回も話し合い、知恵を出し合い、試行錯誤を繰り返して、ようやく改善につながるのです。次のページに進むためのボタンの表現ひとつをとっても、「次へ」なのか「次に進む」なのか、矢印なのか――。
当社の主軸が“売りたい”なら結論は社内で決めればいい。しかし、答えはお客様にあります。文字の色、大きさ、フォントなど、改善のための手段は尽きません。専門チームで検討した結果をウェブサイトに反映して、お客様の反応などを見ながら改善していきます。
――森社長がチームの出した答えに反対して、やり直しを命じることはありますか。
森 エキスパートたちが出した答えは、私も他の社員も尊重こそすれ、反対は一切しません。ただ、使いづらいとの声が社内やお客様から上がってきたときは、変更を検討してもらいます。今でも日々の改善を怠ってはいませんが、オンラインだからこそ、より丁寧に小さなことにこだわることが大切だと信じています。どんなに些細なことであっても、小さなことにこだわったからこそ気づくことがあります。
メンバーたちは、「改善要素がわかった瞬間、それまでの苦労よりも顔の見えないお客様の心理やご要望に少しでも近づけたという感激に浸る」と。そこに行き着くまでに、近道も魔法もありませんでした。愚直なまでにコツコツとした努力の積み上げにほかならないことを痛感しています。
(文=鬼塚眞子/一般社団法人日本保険ジャーナリスト協会代表、一般社団法人介護相続コンシェルジュ協会代表)
※後編に続く
●森亮介(もり・りょうすけ)
愛知県出身。2006年京都大学法学部卒業。
2007年ゴールドマン・サックス証券株式会社入社。投資銀行部門にてM&Aや資金調達の財務アドバイザリー業務に従事。 2012年ライフネット生命保険株式会社入社。2016年執行役員、2017年取締役を経て、2018年6月に岩瀬大輔の後任として代表取締役社長に就任。36歳。