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藤和彦「日本と世界の先を読む」

リーマンショックとも違う“未経験の世界的金融危機”の懸念…国・中央銀行も対応困難

文=藤和彦/経済産業研究所上席研究員
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「Getty Images」より

 「2008年のリーマンショックのように、新聞の大見出しを飾るような危機は近いうちに起きることはないだろう」(10月14日付日本経済新聞)

 このように主張するのは、英調査会社オックスフォード・エコノミクスのジェイミー・トンプソン氏である。トンプソン氏は、2つの要因により危機が生じるリスクが軽減されていると考えている。ひとつめの要因は、米連邦準備制度理事会(FRB)をはじめとして各国の中央銀行が、パンデミック下の市場機能を維持するために「必要なことは何でもする」意思を明確にしていることである。2つめの要因は、今年起きた経済ショックの震源地は銀行ではないことである。欧米の銀行の大半は、08年当時と比べると自己資本が格段に充実しており、金融システム全体が支払い不能と資本危機に陥るリスクはかなり低い。

 しかし、金融危機は必ずしも米リーマン・ブラザーズが破綻したときのような形で露呈するわけではない。金融取引において銀行以外の金融機関の存在感が高まるなか、想定外の事態がいつ起きてもおかしくない。過大評価された資産価格と過大債務から、金融市場に混乱が生じるリスクはリーマンショック以前よりも大きくなっている可能性がある。

 世界の金融の最大の問題は、新型コロナウイルスのパンデミックの発生前に、多くの企業の借入比率が極端に高かったことである。パンデミックで生じた貸倒損失の規模を把握することが、各国政府が講じる政策(ローンの返済猶予策など)のせいで困難になっているが、今年1月から9月までの米国企業の破産申請件数は前年に比べ33%増加した(10月6日付ロイター)。低油価の影響でリーマンショック後の米国経済を牽引したシェール企業の破綻が相次いでおり、企業破綻はさらに増加することが懸念されている。

 多額の債務を抱える企業が頼りにしているのはレバレッジド・ローンだが、今年第2四半期の米国のレバレッジド・ローン市場でのデフォルト(債務不履行)の総額が231億ドルとなり、2009年第1四半期以来の高水準となった。売買されているローンについての格下げも相次いでおり、デフォルト率が前回の金融危機を上回る可能性がある。ブームとなっている債券上場投資信託(ETF)などのマーケットでも流動性危機が生じるとの指摘も出ている(10月15日付ブルームバーグ)。

中国、不動産バブルとドル不足

 新型コロナが蔓延するなか、世界の各都市では住宅バブルの恐れが生じている(10月1日付ブルームバーグ)ことも懸念材料である。多くの都市で家賃はすでに下落しているのにもかかわらず、コロナ禍に対する政府の支援策(低金利や差し押さえの一時停止など)が多くの都市の物件価格を押し上げているからである。現在の上昇ペースは持続可能でないでことは明らかであり、「急激な調整」に陥りやすい都市ランキングの上位にミュンヘンやフランクフルト、トロント、香港などが入っている。各国政府の支援制度が終了すれば、調整局面が起きる可能性が高いといわざるを得ない。

 不動産バブルといえば、中国である。9月28日付コラムで中国第2位の不動産開発会社の恒大集団が危機に陥っていることを述べたが、その後も財務不安の状態が収まるどころか高まるばかりである。一部の大口債権者が投融資を減らす一方で、同社が株式売却で調達できた資金は5.6億ドルと目標額の半分にとどまった。

 中国政府は10月14日、米国の機関投資家に対して初めてドル建て国債を売却した(調達規模は60億ドル)ことがわかった(10月14日付ロイター)。中国企業のドル建て社債のデフォルトが急増するなど、中国国内での「ドル不足」がその背景にあるだろう。

 さらなるドル不足の懸念が浮上している。米国務省は10月14日、「米国の香港自治法に基づき、香港の自治侵害などを理由に米国の制裁対象となっている行政長官など10人と大規模な取引を行っている金融機関を60日以内に特定する」ことを明らかにした。
中国の4大国有銀行が制裁の対象となれば、これらの銀行が保有するドル資金は凍結されることになるが、その額が1兆1000億ドルに上る。

経済規模が元の水準に戻るシナリオは描けない

 コロナショックに類似するような前例が過去に存在しないことにも留意すべきである。サマーズ元財務長官は、米医学誌電子版に10月12日に掲載された論文で「新型コロナウイルスが米国に与える経済的打撃は、失われた命や健康への直接的影響まで考慮すれば、16兆ドルに達する」との見方を示した(10月13日付ブルームバーグ)。

 16兆ドルという規模はリーマンショック後のコストの4倍であり、米国のGDPの約90%に相当する。01年9月の米同時多発テロ事件以降に米国がアフガニスタン、イラク、シリアなどで投じた戦費の2倍以上に匹敵する。16兆ドルの半分は、経済活動の停止などによるものだが、残り半分が健康被害に起因するものだと説明している。米国政府は急性疾患治療への支出を優先しているが、公衆衛生サービス全般を改善しなければ、どんなに財政・金融政策を繰り出しても、経済規模が元の水準に戻るシナリオは描けないのではないだろうか。

 現時点では危機の兆しは見えないものの、金融システムに対して負荷がかかり続ける状態が続けば、金融危機の発生への不安から企業心理が悪化する。企業心理が悪化すれば、金融システムへの負荷がさらにかかる。このように、金融機関がじわじわと増加するデフォルトを懸念し始めたら、中央銀行がどのような手段を講じたとしても、信用収縮を防ぐことはできないだろう。

 リーマンショックとは別のかたちの金融危機が起きるのは、時間の問題なのかもしれない。

(文=藤和彦/経済産業研究所上席研究員)

藤和彦/経済産業研究所コンサルティングフェロー

藤和彦/経済産業研究所コンサルティングフェロー

1984年 通商産業省入省
1991年 ドイツ留学(JETRO研修生)
1996年 警察庁へ出向(岩手県警警務部長)
1998年 石油公団へ出向(備蓄計画課長、総務課長)
2003年 内閣官房へ出向(内閣情報調査室内閣参事官、内閣情報分析官)
2011年 公益財団法人世界平和研究所へ出向(主任研究員)
2016年 経済産業研究所上席研究員
2021年 現職
独立行政法人 経済産業研究所

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