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「加谷珪一の知っとくエコノミー論」

今、出生率を上げるのは物理的に不可能…日本の人口は半分になり社会・経済は貧困化する

文=加谷珪一/経済評論家
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「Getty Images」より

 日本の人口が急激に減りつつあるという現実については、すでに多くの人が認識しているだろう。だが、本当の意味で人口減少がもたらす影響の大きさを理解している人は少ない。出生率を上げれば、人口問題が解決すると考える人もいるが、これもまったくの幻想である。人口の急減は日本経済における最大の危機であり、本格的な覚悟が必要だ。

最悪の場合、80年後に日本の人口は半分になる

 2020年における日本の総人口は約1億2600万人である。人口が減るという話は以前から話題になっているが、2000年代は、10年間で人口が約110万人増えていたので、横ばいか微増という状況だった。2000年代後半からいよいよマイナスに転じたが、それでも2015年時点では1億2709万人だったので、それほど急激なペースとはいえない。

 しかし、これからは状況がガラっと変わる。

 国立社会保障・人口問題研究所の推計によると、2040年には1億1000万人に近づき、2053年には1億人を割る見込みとなっている。このペースで人口減少が進むと、2100年には6000万人を下回る。だが、これだけで驚いていてはいけない。

 この推計は従来の出生率を前提に行われているが、近年、予想を超えるペースで出生率が下がっており、その影響が無視できなくなっている。もし今後、出生率がさらに低下した場合、将来の人口予測は驚くべき水準となる。

 同研究所における出生低位の推計では、2077年には7000万人を割り込み、2100年にはなんと4900万人にまで人口が減ってしまう。つまり、出生率が大きく低下した場合、あと80年で日本の人口は今の半分以下になってしまう計算である。

 経済成長は、基本的に、資本、労働、イノベーションの3要素で決まる。このうち労働量については、人口に依存するので、人口が減った場合、この項目はマイナスにならざるを得ない。つまり、今の経済状態から変化がない場合、人口が減った分だけGDPが低下する可能性が否定できないのだ。

 多くの人はこの話を聞いて「出生率を上げるよう努力すべきだ」と考えたのではないだろうか。実際、出生率を上げるべきだとの声を多く耳にするし、政治家や識者も揃って同じような発言をしている。厳しい言い方になるかもしれないが、「出生率を上げよ!」という単純な意見は、机上の空論にすぎない。今のタイミングになって出生率を上げるのは、物理的にほぼ不可能というのが現実なのである。

出生率を上げればよいというのは、机上の空論

 人口動態というものは、50年、100年という長い単位で変化する。つまり、今、出生率を上げたとしても、実際に人口が増えてくるのは、何十年も経過してからである。出生率の上昇と実際の人口増加にはタイムラグが存在しているので、今のタイミングで出生率を急に上げると、人口分布に大きな影響を及ぼしてしまう。

 今の日本で起こっているのは、人口減少と高齢化の同時進行である。子どもの数が減っているので総人口も減っているが、逆に高齢者の寿命は伸びている。結果として、日本の人口ピラミッドは、老人が多く若者が少ない、つまり、上が大きく下が小さい形、逆三角形にシフトしている。

 今の現役世代は、増え続ける高齢者を少ない人数で扶養しなければならず、昭和時代の現役世代(つまり今の高齢者)と比較して、社会保険料や税金など、かなりの経済的負担を負っている。40歳以下の人であれば、給料が上がらず、一方で社会保険料が上昇し、しかも消費増税が繰り返されるという状況であり、負担の重さを実感しているのではないだろうか。

 ここで、人口減少を食い止めようと、出生率を上げると、どのようなことが起こるだろうか。

 出生率を上げると、今後、しばらくの間、高齢者の増加に加えて、子どもの数も増加することになる。一方で現役世代の人数は変わらないので、人口ピラミッドは、真ん中(子育てをする世代)が異様にくぼんだ形とならざるを得ない。ただでさえ、今の現役世代は増え続ける老人を少人数で支え、生活はギリギリの状態に追い込まれている。

 ここで子どもを一気に増やしてしまうと、高齢者に加え、増加する子どもの生活も支えなければならず、彼らには想像を絶する過度な負担がかかってしまう。

 日本経済は急激に貧困化が進んでおり、相対的貧困率は15.7%と、世界有数の弱肉強食国家である米国に匹敵する水準である。ここまで経済が疲弊した状態で、現役世代が高齢者と子どもの両方を扶養するのは不可能に近い。

日本に残された2つの選択肢

 一部の論者は、今の若者が「草食系になってしまった」とか「女性が子どもを産みたがらない」など勝手なことを言っているが、そうではない。あまにも経済状況が厳しく、子どもを作りたくても作れないのが現実である。

 その証拠に、東京都では、住民の所得が高い港区の出生率は上がっており、所得が低い区の出生率は著しく低下する傾向が顕著となっている。人口動態の変化がもたらす経済的な負荷を考えた場合、高齢者の比率が低下し、現役世代の負担が低下するタイミングにならない限り、いくら少子化対策を実施したところで子どもは増えないと考えたほうがよい。

 単純に「出生率を上げろ!」という意見が机上の空論にすぎないといったのは、こうした理由からである。

 では、こうした現実を目の前にして、日本はどうすべきなのだろうか。選択肢は2つあると筆者は考えている。ひとつは、子育て世代に強力な財政支援を行い、あえて子どもを作ってもらう方法。もうひとつは人口が減少することを前提に高い成長を目指すという方法である。

 前者を選択する場合、かなりの財政支出が必要となる。本当に出生率を上昇させるためには、子どもを作った世代に対して、子ども1人あたり年間200万円程度の金額を20年間提供するくらいの覚悟が必要となるだろう。逆に言えば、ここまで手厚い支援を行うという国民的な合意が得られない限り、出生率は上げられないと思ったほうがよい。

 筆者は人口減少問題は深刻と考えているので、この制度を実現するために、税負担が増えてもやむを得ないと思っているが、子育て支援策に対する世間の冷たい反応を見ると、このプランが国民的合意を得られるのかは甚だ疑問である。

生産性を向上できれば解決の道筋が見えてくるが……

 一方、イノベーションを活発にし、日本の生産性を大幅に高めることができれば、人口が減っても持続的な経済成長を実現できる。

 日本の労働生産性(時間あたり)は46.8ドルと主要先進国では断トツの最下位となっている。1位の米国は74.7ドル、2位のドイツは72.9ドルなので、日本の生産性は米国やドイツの6割しかない。単に数字の羅列として見ると大したことがないよう思えるかもしれないが、経済の理屈を知っている人からすると、この差は驚くべき水準である。

 同じような生活水準を実現している(はずの)先進国の中で、ある国の生産性が6割しかないというのは、一種の異常事態である。生産性の差は、そのままGDP(国内総生産)の水準の違いとなって顕在化してくる。あえて厳しい言い方をすれば、日本はすでに先進国ではなく、基礎的な経済力において、すでに圧倒的な格差が生じていると考えるべきだろう。

 こうした状況に人口減少というマイナス要因が加わっているので、ここから生産性を他国並みに引き上げるのは至難の業といってよい。

 日本はハンコひとつとってもITツールに置き換えることに難儀している状況である。デジタル化や規制緩和、雇用制度の見直しやコーポレートガバナンス改革など、変革が必要とされている項目を総動員して、徹底的に経済の仕組みを変えない限り、出生率を上げずに経済成長を実現することは難しい。

 つまり出生率を上げることも、今のままで成長を実現することも、相当な努力と苦しみを伴う。どちらも選択できなければ、日本は人口減少に伴い、想像を超えるペースで経済が縮小し、社会の貧困化がさらに進むだろう。どの道を選択するのかは最終的には日本人自身が決めなければならない。

(文=加谷珪一/経済評論家)

加谷珪一/経済評論家

加谷珪一/経済評論家

1969年宮城県仙台市生まれ。東北大学工学部原子核工学科卒業後、日経BP社に記者として入社。野村證券グループの投資ファンド運用会社に転じ、企業評価や投資業務を担当。独立後は、中央省庁や政府系金融機関など対するコンサルティング業務に従事。現在は、経済、金融、ビジネス、ITなど多方面の分野で執筆活動を行っている。著書に著書に『貧乏国ニッポン』(幻冬舎新書)、『億万長者への道は経済学に書いてある』(クロスメディア・パブリッシング)、『感じる経済学』(SBクリエイティブ)、『ポスト新産業革命』(CCCメディアハウス)、『教養として身につけたい戦争と経済の本質』(総合法令出版)、『中国経済の属国ニッポン、マスコミが言わない隣国の支配戦略』(幻冬舎新書)などがある。
加谷珪一公式サイト

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