
元国税局職員、さんきゅう倉田です。お見合いで最初に聞くのは「年収」です。
将棋や囲碁のAI(人工知能)が飛躍的に進歩しています。将棋では、日本のソフトウェア「ポナンザ」が2013年に初めてプロ棋士を破って以降、飛躍的に強さを増して、2017年には当時名人だった佐藤天彦九段を破りました。藤井聡太二冠がAIを使って研究し、実力を伸ばしたことが知られていますが、藤井二冠は再び人間がAIに勝てるのか、との論争が起こるほど、AIは強くなっています。囲碁でも、グーグルの「アルファ碁」が世界最強といわれる中国の棋士との3番勝負で全勝するなど、人間よりはるかに力をつけたことが明確になり、2017年に人間との対戦から引退させました。
そんなニュースを耳にするたびに、かつて税務調査で行ったとある盤上ゲームのAIを開発している会社を思い出します。その会社は、代表取締役である社長が一人でやっていて、自宅の一室を事務所として使用していました。
調査は2日間です。1日目は、会社の沿革や家族の状況を聞いたり、AIについての聞き取りを行いました。ただ、このAIに関する説明がちんぷんかんぷんで、社長の言っている意味がさっぱりわかりません。AIの開発ということはわかるのですが、盤上ゲームでの利用ということで、通常より複雑な思考やデータが求められるらしく、「私の会社ではカオス理論や超ひも理論を用いています」とか言うのです。本でその名前を見たことはあっても、内容までは理解できません。その場で調べることもできず、社長の解説を求めると、さらに難解な話になり、意識が遠のきます。
カオス理論を大まかにまとめると、条件が複雑すぎて事実上、結果の予測が不可能な現象を扱う理論です。最初の条件の違いによって、最後の条件が大きく変わってしまう初期値鋭敏性とかが関係するらしいです。そう聞くと、盤上の遊戯との相似性がみられます。一方の超ひも理論は、「素粒子はひもである」みたいなことで、人工知能と何が関係するのかはまったくわかりませんでした。
調査の1日目は、理解できない負い目で精神的に圧倒され、帳簿の閲覧もままならず、何の結果も出さずに帰りました。復命を受けた担当統括官は、怒髪天を衝くが如く。1時間も怒鳴り続け、2日目の調査に同行すると言い出しました。結果を出さずに2日目の調査から上司を連れ立って行くなんて、イジメられて親にチクって相手の子の親に連絡してもらうくらい情けないです。
ゲームの代金は経費になるか?
2日目、統括官と2人で調査先に闖入し、もう一度社長から話を聞きます。もちろん、統括官もカオス理論などわかりません。「社長、賢いんですねえ、大学どちらなんですか」とよいしょと質問を同時に繰り出すと、社長は少し言いづらそうに、しかし「東京大学です」と言い終わってからは清々しい顔になりました。統括官は顔色ひとつ変えることなく「すごいですね」とだけ言って、帳簿を調べ始めました。「なんて愛のない質問の仕方なのだ」と思いつつ、社長に頭を下げてからぼくも帳簿調査に移ります。