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藤和彦「日本と世界の先を読む」

WHO、コロナ報告書が骨抜き、中国の意向が色濃く…パンデミック対処能力の欠如が明白

文=藤和彦/経済産業研究所コンサルティングフェロー
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WHOのサイトより

 世界保健機関(WHOは3月30日、国際調査団が中国湖北省武漢市で実施した新型コロナウイルス(以下、コロナ)の起源に関する報告書を公表した。調査は今年1月末から4週間をかけて実施されたが、報告書の公表はこれまで何度も延期されてきた。待ちに待った報告書の公表だったが、その内容は残念なものだった。事前に予想されていたが、報告書を共同で作成した中国側の意向が反映されたかたちになっている。

 報告書は、コロナがどのように人に感染するようになったかについてのいくつかの仮説を検証し、可能性が最も高いものから最も低いものまでを順位付けしている。報告書が最も可能性が高いとしたのは、「コロナが最初の宿主動物(コウモリの可能性が高い)から別の中間宿主動物に広がり、その後、人に感染するようになった」とする仮説である。2013年に中国雲南省の洞窟に生息するコウモリから、遺伝子情報が新型コロナウイルスと96パーセント以上合致するコロナウイルスが見つかっている。

 しかし4パーセント弱しか違わなくても、自然の進化だけでは数十年の時間が必要であることから、「ミッシングリンク(失われた環)」としての中間宿主が存在した可能性が高い。中間宿主の候補としてミンクやセンザンコウなどの名前が挙がっているが、武漢市周辺に生息する家畜や野生動物を検査した調査団は、コロナの痕跡を見つけることはできなかった。

 次に中国側が強く主張してきた「冷凍食品の製品やその包装が新型コロナウイルス感染の経路となった」とする仮説については、「コロナは氷点下でも生存できることからその可能性はある」とした上で「コロナの食物経由感染を示す決定的な証拠は見つかっておらず、その可能性は非常に低い」と結論付けている。

 最後にトランプ前政権が強く主張してきた「コロナが武漢ウイルス研究所におけるなんらかの事故によってもたらされた」とする仮説については、「武漢ウイルス研究所の安全レベルは高く、その可能性は極めて低い」としている。主張が真っ向から対立する中国と米国だが、報告書の内容は「中国の主張にやや利がある」との印象を与えている。

「オリジナルのデータ及び検体へのアクセスが欠如」

 報告書の発表を受けて、日米をはじめとする14カ国は30日、「WHOが中国で実施した調査の時期は遅く、オリジナルのデータ及び検体へのアクセスが欠如していたことについて、共通の懸念を表明する」とのメッセージを発出した。

 「中国寄り」と揶揄されていたテドロス事務局長も報告書公表後の記者会見で、「調査団のメンバーからは生データへのアクセスが困難だったことが指摘されていた」とし、コロナの起源については「今回の調査が十分であるとは考えておらず、より確かな結論にたどり着くためにさらなるデータや調査が必要となる」と中国に追加調査団を派遣する可能性があるとの考えを示した。

 さらにテドロス氏は、報告書が「最も可能性が低い仮説」と結論付けた「武漢ウイルス研究所からの漏洩」についても、「生データの提供が十分ではなく、さらなる調査が必要である」との認識を示し、米中の対立のはざまで苦しい舵取りをする苦悩をにじませた。

 米国では疾病対策センター(CDC)のレッドフィールド前所長が26日に公開されたCNNのインタビューで、「コロナの起源は武漢ウイルス研究所にある」との見方を示したように、「中国は今回のパンデミックについて責任をとるべきである」とする論調が強いが、ブリンケン国務長官は28日、「私たちにとっての課題は、将来のパンデミックを防ぐために、より強力なシステムを構築することに焦点を当てる必要がある」と述べ、前政権のアプローチとの違いを明らかにした。

国際的な枠組みの構築が必要

 ドイツ、フランスなど23カ国とEU、WHOは29日、「将来の新たなパンデミックに対応するための新しい国際条約を用意すべきである」と呼びかける共同寄稿文を発表した。寄稿文が要求する条約には「将来のパンデミックとなり得るウイルスを体内に保有している動物に対するサーベイの必要性」が盛り込まれている。米CDCは「今後発生が予測される新興感染症の4つのうち3つは動物由来であり、なかでもコウモリ由来のパンデミック発生には要注意である」との見方を示しているが、近年、中国南部や東南アジアの開発が進み、人とコウモリが接触しやすい環境となったことがその背景にある。

 コロナのパンデミックを契機に、WHOはアジア地域全体でコウモリの体内に存在するウイルスについて調査を行った結果、日本を含めアジア各地に生息するコウモリからコロナに類似する新種のウイルスが見つかっている。「コウモリの体内に存在するウイルスに関する基礎データを得ることにより、新たな感染症発生の可能性を予測できる」と主張する専門家もいる。

 前述の寄稿文には、日本や米国、中国、ロシアなどは加わっていないが、現在のWHOの権能では将来の脅威に対処できないことは明白である。パンデミックへの対処は、今や非伝統的な安全保障分野の最重要事項の一つになってきている。化学剤や放射性物質・核兵器の規制については、国際機関による査察の権限が認められているが、感染症対策を指揮するWHOはこの権限を有していないのである。

 EUは昨年11月、「感染症危機管理に関する強力なルールをつくるべき」と主張し、WHOはこれに賛成しているが、多くの国々は様子見の姿勢をとっているのが現状である。中国をはじめアジア地域が新たな感染症の発生源となる可能性が高いことから、日本も新たな国際的な枠組みの構築のために尽力すべきではないだろうか。

(文=藤和彦/経済産業研究所コンサルティングフェロー)

藤和彦/経済産業研究所コンサルティングフェロー

藤和彦/経済産業研究所コンサルティングフェロー

1984年 通商産業省入省
1991年 ドイツ留学(JETRO研修生)
1996年 警察庁へ出向(岩手県警警務部長)
1998年 石油公団へ出向(備蓄計画課長、総務課長)
2003年 内閣官房へ出向(内閣情報調査室内閣参事官、内閣情報分析官)
2011年 公益財団法人世界平和研究所へ出向(主任研究員)
2016年 経済産業研究所上席研究員
2021年 現職
独立行政法人 経済産業研究所

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