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「水素をエネルギーの中心にするのは困難」バラ色シナリオを砕く厳しい現実と課題

文=横山渉/ジャーナリスト
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「Getty Images」より

 菅義偉首相は4月22日の気候変動サミットで、2030年度の温室効果ガス削減目標について、「13年度比46%減」と表明した。従来の目標は26%減だったので大幅な引き上げだが、少数の側近だけで決めた「政治決断」だったといわれる。

 菅首相は昨年10月の所信表明演説では、50年までに温室効果ガス排出を正味でゼロにする「カーボンニュートラル宣言」をした。これで日本は本格的に脱炭素社会を目指すことになり、民間のビジネスにも大きな影響を及ぼす。

 経済産業省は12月21日、50年の電源構成案の「参考値」を示した。その中身は、再生可能エネルギーが50~60%、原子力と火力で30~40%、水素・アンモニアで10%前後となっている。また、火力発電で発生する二酸化炭素(CO2)を回収して再利用する技術(CCUS)の導入も進めるとしている。

 経済産業省の審議会委員を務めた大学教授は「政府は原発を見限っている」と話す。確かに「原子力○%」というような原発単体の数字が消えているのは注目すべきところである。

 しかし、30年度目標の「46%削減」に対して経済界はさっそく、原発再稼働・新増設を主張している。日本は福島第一原発事故以来、化石燃料(石炭、石油、LNG)による火力発電頼みで、現在は約75%も占めている。再生可能エネルギー(水力含む)は約20%にすぎず、原発抜きに温室効果ガス削減は困難と考えているようだ。

 とはいえ、新増設はおろか、再稼働ですら難しい原発もある。東京電力の柏崎刈羽原発では昨年、テロ対策で重大な不備が続き、原子力規制委員会は行政処分を出している。内部情報に詳しい専門家はこう話す。

「政府はガバナンスが効いていない東電に単独で原発再稼働させるのは難しいと考えている。複数の電力会社に共同で運営させたいようだが、例えば東北電力などは東電と2社だけでの運営は避けたいらしい。それぞれの電力会社に思惑がある」

水素エネルギーは確実に普及する。しかし…

 50年の参考値で注目すべきは「水素・アンモニア10%」だ。水素社会の到来を期待する声は20年以上前からあった。燃料電池車の普及促進に向け、トヨタ自動車とホンダから官公庁への車両貸し出しが02年12月に行われている。当時の福田康夫官房長官と扇千景国土交通大臣は自らハンドルを握って試走した。しかし、燃料電池車はその後、期待したようには普及しなかった。

 水素は水の電気分解で得られるほか、石油や天然ガスなどの化石燃料、下水・汚泥、廃プラスチックからもつくり出すことができる。製鉄所などからも副次的に水素が発生する。熱エネルギーとして利用でき、CO2を排出しないクリーンなエネルギーだ。日本にとって究極のエネルギー源になる可能性を秘めているのだが、そんな理由ばかりではない。政府のエネルギー関連審議会委員を多数務めた経済アナリストはこう説明する。

「再エネの主力電源化は方針として決まっている。電気は、使う電気とつくる電気を常に同じにする同時同量が必須だが、不安定な再エネが増えると電気の需給ギャップが拡大する。現在の再エネくらいなら火力だけで調整できるが、再エネ比率が50%になると、ギャップを調整する新しい仕組みが必要で、その役割を担うのが水素・アンモニア発電だ。水素利用の促進は昔からいわれてきたことだが、真剣に議論すればするほど、技術的課題の大きさが浮き彫りになった。そこで、水素よりも扱いが容易なアンモニアが浮上してきた。水素だけだと高コストで効率が悪いので、水素とアンモニアを合わせて10%になった」

 確かに、水素だけで賄えるならアンモニアは出てこないはずだ。水素は非常に軽いガスなので、製造後に気体のまま貯蔵するには、かなり大きなタンクが必要になる。圧縮して低温で液化して輸送するにも特殊加工の金属タンクが必要だ。小さな着火エネルギーで燃えるため、輸送の際の振動による熱上昇でも爆発する危険性があるからだ。

 一方、化学合成されたアンモニアは現在、大半が肥料の原料として使用されているが、アンモニアは水素分子を含む物質であり、輸送技術の確立しているアンモニアの形に変換して輸送し、利用する場所で水素に戻すという手法もある。そして、アンモニアは燃焼してもCO2を排出しないカーボンフリーな物質なので、現在の石炭火力発電に混ぜて燃やす(混焼)ことでも、CO2の排出量を抑えることが可能だ。アンモニア20%混焼はすでに実験済みであり、すでに実用化へ動いている。アンモニア100%を燃料として使用する「専焼」も検討されている。

 同アナリストは「水素エネルギーは確実に普及する」と前置きしつつも、いわゆるバラ色の水素社会到来には懐疑的だ。

「水素をエネルギーの中心にするのは難しい。水素を発生させたところから近隣をパイプラインで結ぶのは比較的簡単だが、大量貯蔵・輸送には不向きだ。工場のような産業用や業務用の熱源に向いている。地産地消型のエネルギーといえる」

分散型エネルギーで防災を

 次世代のエネルギーを考えるとき、コストや安全性を中心に考えがちだが、地震や自然災害が多発する日本では、分散型の電力システムに変えていくことが必要だ。大手電力の火力や原子力の大規模集中型電力システムの脆弱性は、東日本大震災のような大地震ばかりでなく、近年の台風や大雨による停電で明らかになっている。

 19年9月の台風15号は千葉県を中心に甚大な被害を与えた。このとき停電した最大軒数は93万軒以上で、復旧に2週間かかったところもあった。しかし、千葉県の睦沢町は地元産の天然ガスや太陽光で発電し、大手電力から独立した独自の送電網で供給する地域新電力が停電時も電力を供給した。これは町が出資する地域新電力「CHIBAむつざわエナジー」によるマイクログリッドによるもので、複数の発電設備、蓄電設備などから自営線を使って電力を供給する分散型のエネルギーシステムだ。

 北海道鹿追町では、乳牛など家畜のふん尿を原料にして水素をつくる取り組み「しかおい水素ファーム」という実証事業が進んでいる。敷地内に精製設備や製造装置を新設し、バイオガスから分離膜でメタンガスを精製し、水蒸気と反応させ水素を発生させている。昨年4月からは30キロ以上離れた「おびひろ動物園」(帯広市)の電力源として水素を供給する方法を検証している。18年に胆振東部地震で停電を経験した地元住民には「地元でつくる水素を使いたい」という声もあり、エネルギーの地産地消につながった。

 政府の地震調査委員会は、今後30年以内に震度6弱以上の激しい揺れに襲われる確率などを毎年推計しているが、3月末の発表によれば、千島海溝や南海トラフなど、とくに海溝型の巨大地震が予測される地域で70%以上の高い確率となっている。地産地消のエネルギー源として水素の本格利用が望まれる。

今はまだ利益が出ない水素事業

 水素・アンモニアには株式市場も注目しており、水素は「国策テーマ銘柄」になっている。グローバルにはずいぶん前から「ESG投資(環境、社会、企業統治)」の考え方が主流になっているが、日本でも今回の政府方針を受けて、カーボンニュートラルに挑戦することが、投資家からの評価を考える上で重要になっていくだろう。証券会社のアナリストはこう話す。

「ノウハウはあっても実用化はこれからという水素・アンモニア関連銘柄は慎重な評価が必要。そこに大きく投資するのは、まだ難しい。燃料電池車でいえば、自動車が先か水素ステーションが先か、鶏と卵の関係になっており、水素ステーション1カ所当たり少なくとも700台以上の車が日常的に補給しに来ないとペイしないといわれる。発電ではアンモニア20%混焼が直近では実現の可能性が高いが、100%の専焼となると国がかなりテコ入れしないと難しい。国内の火力発電所すべてで20%混焼すれば、世界で流通している2000万トンをすべて輸入しなければならないぐらい量としては不足している」

 現在、水素銘柄の中核は岩谷産業だが、岩谷の水素事業を支える技術や部品を供給している会社も注目されているという。水素を圧縮して保存する技術、精製するフィルター、バルブ、水素脆化を防ぐコーティング技術など、中小型株でも水素関連銘柄はたくさんある。

 ただ、水素関連ビジネスのマーケットが現在のサイズでは岩谷が注目されるが、将来的にマーケットが大きくなれば、商社や製鉄、パワープラントを手掛ける企業の存在感が必ず大きくなってくるという。

 将来への期待感でにわかに活気を帯びてきた水素・アンモニア銘柄。50年を目標とした脱炭素社会への取り組みは国際的な約束でもあり、機運が萎むことはないだろう。株式市場は政府の動きを先取りするだけに、注目が必要だ。

(文=横山渉/ジャーナリスト)

横山渉/フリージャーナリスト

横山渉/フリージャーナリスト

産経新聞社、日刊工業新聞社、複数の出版社を経て独立。企業取材を得意とし、経済誌を中心に執筆。取材テーマは、政治・経済、環境・エネルギー、健康・医療など。著書に「ニッポンの暴言」(三才ブックス)、「あなたもなれる!コンサルタント独立開業ガイド」(ぱる出版)ほか。

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