満島ひかりの“自由さ”から考える、日本の芸能界が俳優に強いる“不自由さ”という問題
どうも、“X”という小さな芸能プロダクションでタレントのマネージャーをしている芸能吉之助と申します。
【前回】は、日本の芸能界で売れっ子となった役者さんが、その自分の売れ方に見合った適切な収入を得てウハウハな生活を送るには、純粋な役者業だけではとてもわりに合わず、ギャラのよいCM仕事をせざるを得ない、しかしそのためには品行方正なプライベートを送らねばならず、そのためにこそ日本の「大手芸能プロ」の存在意義がある……なんてお話をしました。
CM仕事をする場合、企業や商品のイメージを背負うことになるため、出演者の不祥事やスキャンダルはどうしてもご法度なわけですが、そのために純粋な仕事のマネジメントだけでなく、適切な“プライベート管理”をするのも芸能プロの仕事。そして万が一不祥事を起こしてしまった際にも、大手芸能プロならそのイメージダウンを最小限に抑えるノウハウを蓄積しており、だからこそ大手芸能プロに所属し続ける意味がある、というわけですね。
大手芸能プロの強みは、こうした手厚いマネジメントができることだけでなく、電通や博報堂などの大手広告代理店や大手企業との、歴史的に形成された強いコネクションがあることでしょう。だからこそ芸能人が大手芸能プロから退所後、独立してフリーになった途端、なんだかショボい商品の広告をやっているなあ、胡散臭い企業のCMをやっているなあ、というケースもよくありますよね。
「まあフリーになったからしょうがねーよ」と、タレントさん本人もわかってやっていればいいのでしょうが、「え? そのクラスの役者なのにそんなCMやっちゃうの?」と、結果イメージダウンにつながってしまうようなケースも散見されます。
【前回「連ドラ主演クラスでギャラ2千万円の“安さ”を考える…芸能人が不倫で謝罪する本当のワケ」】
独立した途端“少々やばめ”な仕事をしてしまった米倉涼子にはブレーンがいない?
たとえば、2020年3月にオスカープロモーションを退所した米倉涼子さんは、独立して個人事務所「Desafio」設立後も、楽天モバイルのCMなんかをうまくやっているのはいいのですが……一方で新たに、某アンチエイジング美容ブランドのCMにも出演しているんですよね。アレはちょっと……女優として築いてきた彼女のイメージを損ないかねないと個人的には思うのですが……。
要は、受けるべき広告仕事の選別、スクリーニングが、独立してしまったがゆえにうまくできていない、ということなのかもしれません。本連載の【第22回「当初は批判されたホリプロ、美人姉妹が担うナベプロ…世襲に成功した芸能プロの秘密」】でも語った通り、長年在籍したオスカープロモーションの“お家騒動”もあって逃げるように退所した彼女のことですから、きちんとしたブレーンがいないのかもしれませんね……。
特に米倉さんは“芸能界のど真ん中”で仕事をしてきたタイプの女優さんなので、それをそのまま独立後も維持していくためには、非常に高度な舵取りが必要とされる。それはやっぱり、なかなかハードルが高いことでしょうね。
逆に、現在フリーランスで活動している女優の満島ひかりさんのように、事務所に縛られずに仕事を自分の目で見て判断したい。しかもそのための“選球眼”、センスのよさも自身にしっかり備わっている、というタイプの方であれば、むしろ独立が向いているでしょう。彼女はもともとが「地上波ゴールデンタイムの連ドラ主役でバーン!」みたいなことではなく、玄人受けする作品に多く出ているような渋めの活動を続けてきた女優さんですから、独立後もその感じを維持することは、比較的容易でしょうしね。
満島さんが前所属事務所のユマニテを退所する際、事務所の公式サイトには同社の代表・畠中鈴子さんによるこんなメッセージが掲載されました。
「ここにきて一度立ち止まりこれからを考えてゆこうと話し合う過程で双方誠実に向き合い生まれた結論です。プロダクションという枠に守られる形ではなく、すべて自分の責任のもと自由に独りでやってみたいという本人の意思を尊重することにいたしました」「所属という形ではなくなりますが、今後ともできるかぎりのサポートを続ける所存です」
こうした文面を読むだけでも満島さんのケースは、米倉さんのような少々後ろ向きな独立とは違う、少なくとも表面上は互いに納得しての退社だったことが伝わってきますね。まあ、結局はどちらのケースも、旧事務所との関係がうまくいかなくなったからこそ独立にいたった……という意味では一緒なのかもしれませんが(笑)。
かつて満島ひかりが所属し、今も東出昌大が所属する芸能プロ・ユマニテ社長の“すごみ”
そもそもユマニテの畠中社長は、所属タレントにオファーが来た作品の脚本などをしっかり読み込んで本当にいい作品なのかどうかを吟味したり、今後ブレイクしそうな監督さんをしっかり見極めたりした上で、タレント本人と相談しながら出演するかどうかを決めることのできるタイプ。
いやもちろんそんなことどんなマネージャーでもやっている(つもり)なのですが、畠中さんはねー、やっぱセンスがいいんですよ。そしてなにより、ステレオタイプな美男美女ではなく、魅力ある個性的な俳優を発掘する審美眼がすごい。
例の不倫問題で大きくつまづいてしまった東出昌大くんもユマニテの所属ですが、だから畠中社長の言うことを聞いてちゃんと仕事をしていれば、彼もそのうちちゃんと復帰できるんじゃないかなあ。決して“うまい”タイプではないですが、やっぱ独特の雰囲気のあるいい役者さんですからね。なんてったって、あの複雑な家庭に育った杏ちゃんが惚れた男なわけですから(笑)。
まあとにかく、そんな畠中社長率いるユマニテも、タレントに寄り添いつつしっかり育成する……という、大手芸能プロとはまた違いますが、いい意味での“家族感”のある、そういう意味ではやはり、日本の芸能プロらしい事務所だということができるでしょうね。
満島さんは、畠中さんのそうした仕事ぶりを間近に見てきたからこそ、独立後も仕事の選別が適切にできているのかもしれません。現に、フリー転身後は小沢健二さんと楽曲「ラブリー」のセッションをし、2人で『ミュージックステーション』(テレビ朝日系)にも出演したりと、彼女らしさが感じられる活動をしており、それがファンにも受け入れられていますよね。
芸人やタレントであれば、“本業”を生かしYouTuberとして効率よく稼げるようになった現代という時代
満島さんのようなタイプでなくとも、CM仕事をバンバンやって稼ぎたいというよりは、自分がやりたい仕事だけに、きちんと向き合ってやっていきたいというタイプの役者さんなら、いったん有名になりさえすれば、大手プロから独立しても、ある程度うまいことやっていけるでしょう。
また、芸人さんやタレントさん寄りの方であれば、たとえ大手芸能プロから独立したとしても、“円満退社”でありさえすれば、バラエティ番組は1回せいぜい半日から数日の拘束で、数十万円から売れっ子になれば100万円を超えるギャランティが入ってくる世界ですからね。最近はコロナで減っちゃったけど、知名度があれば地方のイベント仕事で高額のギャラを手にすることも可能ですし。
【前回】の記事で説明したような、数カ月拘束されてせいぜい200〜300万円……という役者の“コスパの悪さ”からすれば、非常に効率よく稼げる業種です。それでより売れっ子になってゲームやIT企業のCM仕事でも取れれば、もはやウハウハですよね。役者のように「CM仕事を取らないことにはウハウハな収入を得られない」というのとは次元の違う、バラエティ番組や情報番組を主戦場としているような芸能人の方というのは(売れっ子でいさえすれば)“本業”だけで効率よく稼げる背景があるわけですね。
才能ある役者さんがストイックに役者であればあろうとするほど“稼げない”という日本の現状
そして今や、芸人さんやタレントさんにいたっては、大手芸能プロと“揉めて”辞め、地上波テレビのバラエティ番組という大きな“主戦場”を失ったとしても、なお余裕でウハウハな世界が待っている、という時代に突入しましたよね。そう、ご存じの通り、YouTubeを筆頭にしたネット世界のビジネスの開拓です。その典型例が、吉本興業を辞めた雨上がり決死隊・宮迫博之さんやキングコング・西野亮廣さん、オリエンタルラジオ・中田敦彦さんや、ジャニーズ事務所を辞めた手越祐也くんなんかでしょうね。
もともとの知名度を生かして彼らは、YouTuberとして100万人以上のチャンネル登録者を抱え、多少あやしげな企業が多いとはいえCM仕事なども獲得し、おそらくは億をゆうに超える年収を維持しています。さらに最近は、熱心なファンを囲い込んでオンラインサロンやクラウドファンディングを展開し、そこでマネタイズすることも可能ですよね。
大手芸能プロと揉めて辞めた以上、テレビ局側の“忖度”その他によって、かつてはバンバン出演していたゴールデンタイムのバラエティ番組や歌番組、ドラマなどから遠ざかってしまう……という状況にはなりますが、逆にいえばそこを諦めさえすれば、稼ぎという面ではまったく問題ない、むしろ以前よりもウハウハなビジネスをきちんと展開できる世界が広がっているわけですね。
で、役者、俳優なわけです。【前回】の記事で説明した通り、役者はねえ、ひとりでは稼げないし、YouTubeでひとり演技をするわけにもいかないし(やることは可能でしょうが、稼げないでしょうし)、だからこそ知名度に見合う収入を得ようと思えば、CM仕事に頼らざるを得ない。だからこそ、大手芸能プロを辞めることには大きなリスクが伴う、ということなんですよ。
いやもちろん、俳優でありながらYouTuber的な活動をして人気を集め、多くのチャンネル登録者を獲得している役者さんも多いですよ。それこそ、【前回】の冒頭で挙げたアミューズを独立した佐藤健くんとかね。でもあれ、彼の“本業”ではないですからね。それから一方で、5月14日で最終回を迎えたNHK朝の連ドラ『おちょやん』ヒロインを務めた杉咲花さんのように、ストイックに役者業に邁進するためにインスタグラムからの撤退を表明して話題を集める女優さんもいるほど。かようにSNSや動画サイトで“素”を見せることと、映像作品のなかで演技をすることとは、本来的には相反することなんですね。
才能ある役者さんが、ストイックに役者であればあろうとするほど、その“本業”だけではなかなか知名度に見合った高収入を得ることが難しい……というこの現状。ああ、我がニッポンにおける俳優という職業の、なんと悲しいことよ……。
さて【次回】は、売れっ子俳優さんの収入や活動のあり方について、“エンタメ大国”アメリカを比較例として挙げながらさらに考えていきたいと思います。なんだか本連載にしてはいつになくアカデミック(?)な雰囲気が続いておりますが、引き続きなにとぞよろしくお願いいたします!
(構成=田口るい)