予防原則とは「人の健康、環境に対する深刻なリスクが想定される時、因果関係について十分な科学的確実性がなくとも、事前に予防的措置をとることを求める原則」といわれている。日本政府も環境分野では予防原則の適用を認めている。2000年度環境白書では「人や生態系への影響については、回復困難なものが多いため、環境対策においては予防原則を適用することを第一に考えることが基本となる」としている。しかし、日本政府は頑なに食の安全分野には、予防原則の適用を拒否している。
ここで予防原則の歴史的経緯について見てみたい。
予防原則は、1960年代後半から70年代に当時の西ドイツで酸性雨や北海の海洋汚染に対する厳格な規制政策として採用された。その考え方は、「科学による決定的で確実な理解がいまだ得られていない場合にも行動すること」とされていた。その後、80年代から90年代初めにかけて、オゾン層保護や北海保護などに関する国際会議の宣言や議定書でこの予防原則が採用され、世界的に普及してきた。
そして、1992年の地球サミット(国連環境開発会議)で採択された「環境と開発に関するリオ宣言」で予防原則が正式に採用された。リオ宣言の予防原則は次のようなものである。
「環境を保護するため、各国はその能力に応じて、予防的方策を広範囲に適用すべきである。深刻なまたは取り返しのつかない被害の恐れがある場合には、十分な科学的確実性がないことを理由に、環境悪化を防ぐ費用効果の高い対策を先送りしてはならない」(第15原則)
このリオ宣言を受けて世界的に予防原則の適用が広がり、食の安全分野にまで広げていったのがEUであった。EUは、1980年代から食品安全分野で予防原則を取り入れ、1989年にはホルモン剤を使用した米国産食肉の輸入を禁止した。これは米国との貿易戦争に発展している。また、BSE問題では、1996年に英国からの牛肉の輸出を禁止した。遺伝子組み換え食品についても例外のない全面表示が義務化されている。
EUは2002年に採択された「食品法の一般原則を定める規則」で、食品法の重要事項として予防原則を取り入れ、正式に法制化した。今、EUはこの考え方に基づいて、ゲノム編集食品が無秩序に市場流通しないように、遺伝子組み換え食品と同様に書類上のトレーサビリティー(追跡可能性)と表示を求めている。
もし日本の食の安全にも予防原則が導入されれば?
これに対して食の安全分野での予防原則適用を頑なに拒んでいるのが、米国と日本である。米国はリスク評価のみが食品安全の原則として、効率性を阻害し貿易障害となるとして予防原則を拒否している。日本は米国に追随するように、食品安全の措置はリスク評価を受けた措置のみとしている。
しかし、食品添加物や残留農薬の相乗毒性は未解明で、さらに食品添加物や残留農薬、残留抗生物質の腸内細菌へのリスク評価はされていない。そして、残留ホルモン剤まみれの米国産牛豚肉や豪州産牛肉の輸入、国内流通も認められている。ゲノム編集食品も表示義務なしで流通が認められている。
このような日本政府のあり方に対して、見直しを求める世論が広がっている。たとえば日本弁護士連合会は17年12月21日、「ネオニコチノイド系農薬の使用禁止に関する意見書」を発表し、予防原則に基づいてネオネコチノイド系農薬の禁止を求めた。
では、日本が食の安全に予防原則を導入したらどうなるか。
まず第1に、発がん性が認められているグリホサートや神経毒性の懸念があるネオニコの農薬登録の抹消が想定される。また、食品添加物の相乗毒性が未解明のなかで、食品添加物の総量規制と、安全性に懸念のある食品添加物の指定削除が進んでいくであろう。さらに、残留抗生物質や残留農薬については、腸内細菌への影響評価がされていないなかで、総量規制や、懸念のある動物向け抗生物質や農薬の指定削除が想定される。
第2に、輸入牛豚肉へのホルモン剤残留を認めない世論が高まり、輸入規制が進められる。第3に、EUで実現している遺伝子組み換え食品のトレーサビリティーによる全面表示やゲノム編集食品の安全性チェックの義務化、表示の義務化がなされるであろう。
食品の安全性に関する課題が解消されるとなれば、消費者からは全面的に歓迎されるであろう。
(文=小倉正行/フリーライター)