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江川紹子の「事件ウオッチ」第204回

江川紹子、刑法改正案への懸念…「拘禁刑」の創設、侮辱罪の厳罰化についてより深い議論を

文=江川紹子/ジャーナリスト
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5月19日、衆院本会議で可決され、参院に送付された刑法改正案だがーー(写真は国会議事堂)
5月19日、衆院本会議で可決され、参院に送付された刑法改正案だがーー(写真は国会議事堂)

「懲役」と「禁錮」を一本化して「拘禁刑」を創設するほか、侮辱罪の厳罰化を盛り込んだ刑法改正案が衆議院を通過。参議院で審議入りした。刑罰の種類を変更するのは、1907(明治40)年の刑法制定以来初めてだ。犯罪の認知件数が減少し、受刑者の高齢化も進むなか、再犯防止と個別の事情に応じた対応が強く求められている現代。時代の変化に追いつき、刑罰のあり方を変えていくための改正といえる。

「改善更生を図る」ための「拘禁刑」を創設

 自由を奪う刑罰には、「罪の報い」と更生を促す「教育」という2つの側面がある。かつては、ともすれば前者に傾きがちだった行刑のあり方を見直す端緒となったのが、名古屋刑務所で2002年に起きた、刑務官の暴行で受刑者が死亡した事件だった。

 それを機に、法務大臣の委嘱で「行刑改革会議」(座長・宮澤弘元法相、相談役・後藤田正晴元副総理)が発足。私も、そのメンバーの1人として、各地の刑務所の視察やヒアリング、受刑者や刑務官へのアンケートなどを行い、議論を重ねた。

 2003年12月にまとめた提言では、(1)受刑者の人間性を尊重し、真の改善更生及び社会復帰を図る (2)刑務官の過重な負担を軽減する (3)国民に開かれた行刑を実現する――という3つの柱を立て、「受刑者の特性に応じた処遇」「刑務作業のあり方の見直し」などを提案している。

 たとえば、繰り返し薬物を使用して刑務所に戻ってくる者には、一定期間刑務所に閉じ込めて労役させる「報い」を与えるより、治療やグループワークなど教育的な対応で依存症を克服していくほうが、本人のためにも、社会のためにもなる。

 そういう観点で、「罪の報い」だけでなく、「教育」に重きを置くよう促した内容だが、刑法は懲役刑に「刑事施設に拘置して所定の作業を行わせる」と、労役を義務づけている。当時は、明治時代から続いていた監獄法を改正することが主な目標となっており、同会議の議論は刑法改正までは踏み込んでいない。それでも、提言には次のような記述が盛り込まれている。

〈受刑者によっては、カウンセリング、教誨、教科指導、生活指導などの刑務作業以外の処遇や治療が、その改善更生及び社会復帰を図る上で有効な場合も多いと考えられることから、今後は、これら刑務作業以外の処遇内容をより充実させる必要がある〉

〈一律に1日8時間の刑務作業時間を確保しようとする処遇の在り方を根本的に見直すことが必要であり、現行の刑法の枠組みの中で、刑務作業の有用性に十分配意しながら、個々の必要に応じて作業時間を短縮するなど、より柔軟な刑務作業の在り方を検討すべきである〉

深刻な受刑者の高齢化ーー再犯防止のために本当に必要なこととは

 今回の刑法改正は、この路線の延長線上にあり、刑務所の現実を踏まえて、「刑法の枠組み」を是正しようというものだ。

 何より大きいのは、受刑者の高齢化だ。行刑改革会議が開かれた時点で高齢化はすでに始まっており、若い受刑者と一緒に作業ができない人が増えていた。その後、世間の高齢化以上のスピードで、刑務所の高齢化は進んでいる。

 令和3年版犯罪白書によれば、2020年に刑務所に入所した者のうち、65歳以上の高齢者は2143人で2001年の約2.1倍。特に70歳以上の増加は著しく、2001年に比べて約3.8倍に増加している。受刑者中で高齢者が占める比率も、2020年には12.9%と、2001年より9.3ポイント上昇。女性受刑者の高齢化はさらに加速しており、2020年の高齢者率は19.0%と、2001年より15.2ポイントも上がった。

 認知症が疑われたり、体が不自由となり刑務作業ができなかったりする者も少なくない。それでも、懲役刑は刑務作業を義務付けているので、刑務所側は彼らにできる作業を考え、実施させなければならない。そのため、刑務作業といっても、実際には体の機能を保持するためのリハビリに近いものも少なくない。もはや刑務所は、「罪の報い」を受けさせる場だけでなく、福祉的な役割が大きくなっているのだ。

 また、自由刑の大半は懲役刑であり、刑務作業の義務がない禁固刑の受刑者も、多くが自ら希望して作業に従事している。日中、何もせずに房内で1人過ごすより、他の受刑者とともに作業をしているほうが時間が早く過ぎるからだ。このため、自由刑を2つに分ける意味もあまり見いだせなくなっている。

 今回の刑法改正は、このような現実に、ようやく法制度が追いついたものといえる。行刑改革が目指した理念が、20年がかりでここまで発展したことは、実に感慨深い。

 ただ、法制度が変われば、行刑改革が完了するわけではない。

 私が行刑改革会議のメンバーとして初めて刑務所を視察した時から、確かに行刑のありようは大きく変わっている。刑務所に社会福祉士が入り、民間の福祉関係者が受刑者の教育やカウンセリングなどに関わる。

 社会に復帰する過程が重んじられるようになり、戻る場所がない高齢受刑者などに対しては、出所前に行き先を決める特別調整などの対応もとられるようになった。各地の地域生活定着支援センターが、社会復帰を手助けする。

 それでも、社会になじめず、孤立を深めてしまう元受刑者もいる。2020年に新たに刑務所に入った者の58.0%が、受刑歴のある再犯者だ。コロナ禍で出所後の就職が困難になっているなど、受刑者の社会復帰はまだまだ厳しい。受刑者の外部の人との接見交通や医療体制など処遇上の問題は多く残っており、社会復帰への道筋も含めて変革はまだまだ途上だ。

 受刑者の人権を意識し、社会復帰を助けることは、受刑者自身のためだけでない。再犯者が減り、犯罪が減少すれば、新たな被害者の発生が抑えられ、より安全な社会を築くことにつながる。今回の法改正を、そのための起爆剤にしなければならない。

北海道警の“悪例”…侮辱罪の厳罰化で懸念される、表現の自由の侵害

 今回の刑法改正のもう一つのポイントは、侮辱罪の厳罰化だ。現行法は、「拘留(30日未満)または科料(1万円未満)」で、公訴時効も1年と短い。この量刑は、明治時代からずっとそのままだ。

 一般人にできる発信が、口コミや手書きのビラや張り紙程度であった時代とは異なり、誰もがSNSで広く発信でき、誹謗中傷によって自殺者まで出ている現代においては、犯罪がもたらす結果と罰則が見合わない。そのうえ、SNSでの匿名の発信者をつきとめるには、時間もかかり、その間に時効を迎えてしまうこともある。

 それを考えれば、侮辱罪の厳罰化もまた、時代の要請といえるだろう。

 一方で表現の自由に関わる問題でもあるので、慎重さも必要だ。国会での議論の中心もその点にあった。

 たとえば、厳罰化によって現行犯逮捕の条件がゆるくなる問題。これまでは軽微な事件という扱いだったので、現行犯逮捕は(1)犯人の住居もしくは氏名が明らかでないとき (2)犯人が逃亡するおそれがあるとき――に限られていた。懲役刑が導入されれば、この限定は外れる。

 政治家の街頭演説などでヤジを飛ばした市民が、侮辱罪で現行犯逮捕されてしまうことがあり得るのではないか。そんな懸念が高まるなか、法務省と警察庁は、この点についての政府統一見解を発表。そこで「侮辱罪については、表現行為という性質上、逮捕時に、正当行為でないことが明白といえる場合は、実際上は想定されない」とした。

 それまでの政府の対応に比べると、踏み込んだ表現とはいえるが、引っ掛かるのは「想定されない」といういいぶりだ。主語が明確でないうえ、「今はそういうことは考えてない」というだけで、歯止めとしてははなはだ頼りない。

「想定されない」という表現に関しては、こんな例もある。かつて、自衛隊が米軍の後方支援を行える周辺事態について、小渕恵三首相(当時)が「中東、インド洋では想定されない」と国会で答弁した。その後、安倍首相が「安全保障環境が大きく変化した」として、見解を修正した。

 現在の岸田政権にはその意図はなくとも、将来、批判やヤジに厳しく対応しようとする政権ができた時に、改正侮辱罪が国民の自由な言論を萎縮させるような形で利用されたりしないよう、ここはそれなりの歯止めは作っておく必要があるのではないか。

 そう考えるのは、こんな事例もあるからだ。2019年の参院選で、札幌市で演説中の安倍晋三首相(当時)に「安倍辞めろ」「増税反対」などのヤジを飛ばした男女が、北海道警の警察官に排除され、その後も長時間つきまとわれた。排除された2人は、道警の対応は違法であり、憲法が保障する表現の自由を侵害されたとして、北海道を相手に損害賠償請求訴訟を起こした。今年3月、札幌地裁は原告の主張を認める判決を言い渡した。ところが、北海道はこれを不服として控訴している。控訴審でも、排除行為を正当なものとして主張するのだろう。

 このように、憲法で保障された「表現の自由」を軽んじる警察もある。改正侮辱罪で起訴され、有罪にまでならなくても、逮捕されたり、取り調べを受けるだけでも、市民に対しては十分な威嚇になる。

 名誉毀損罪では、当該表現行為が名誉毀損に当たる場合であっても、(1)公共の利害に関する事実 (2)公益を図る目的 (3)真実であることの証明がある――時には「これを罰しない」という規定が明記されている。

 侮辱罪にも、この規定を準用すればいいのではないか。国会ではそうした質問も出たが、政府はこれに正面から答えていない。

 参議院で、ここは十分に議論してほしい。

(文=江川紹子/ジャーナリスト)

江川紹子/ジャーナリスト

江川紹子/ジャーナリスト

東京都出身。神奈川新聞社会部記者を経て、フリーランスに。著書に『魂の虜囚 オウム事件はなぜ起きたか』『人を助ける仕事』『勇気ってなんだろう』ほか。『「歴史認識」とは何か - 対立の構図を超えて』(著者・大沼保昭)では聞き手を務めている。クラシック音楽への造詣も深い。


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